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第二話

「……どうぞ」
 ウェルチはそう言って、ティーカップをティオの目の前のテーブルに置いた。
 間違ってもこれは、勇気の出る薬などといういかがわしいものではない。ウェルチは薬の調合のほかに、お茶や薬酒、果実酒などを作って販売している。
 これもそのひとつ。ウェルチお手製のハーブティーだ。
「ありがとう。……ごめんね、いきなり変なこと言って」
 ティオがしゅんと肩を落としてそう切り出した。唐突すぎた自覚はあるらしい。ウェルチは小さく苦笑する。
「いいんです。ちょっと驚いただけですから」
「ごめんね、驚かせて」
 なおも申し訳なさそうにするティオに、何だかウェルチは自分が悪いことをしているような気分になった。
「もう大丈夫ですから。……冷めないうちに、どうぞ」
 ウェルチの勧めにティオは頷いてカップを手に取ると、ふっと目を細めた。
「……いい香り。カモミールだね」
「はい」
 ティオは綺麗な動作でカップに口をつけ、ほっと息を吐いた。
「ウェルチのお茶は相変わらずおいしいね」
 ふわりと柔らかな笑顔を浮かべるティオに、ウェルチも微笑み返した。そんな表情でそんな風に言われると、やはり嬉しい。
「ありがとうございます。……それで、ティオ様」
 話を切り出そうとすると、ティオが微かに眉をしかめた。
「ウェルチ、そのティオ様っていうの、やめない? 小さい頃から知ってるのに、何だか他人行儀な気がして……」
「……でも、領主様の息子さんですし……」
「僕は三男だから領主は継がないよ。僕はね、ずっとウェルチのお祖母様とウェルチにはお世話になっていて、すごく感謝してるんだ。……だから、立場を気にして壁を作るのはやめてほしいんだよ」
 ティオはこの間誕生日を迎えたばかりとはいえ、立派な成人である。だが、今の表情はまるで捨てられた子犬のようで、ウェルチは何となくそのふわふわした茶色の髪の毛を撫でまわしたい衝動に駆られた。
「……わかりました、ティオさん」
 このままではらちが明かない。そう思って色々と衝動を抑えつつ頷くと、ティオがぱっと顔を上げた。
「……それでは、ティオさん。改めて聞きますが……さっきの要件は、一体なんだったんですか?」
 そう尋ねると、ティオはカップをソーサーに戻すと気まずそうに視線を逸らした。
「えっと……うん。要件は、そのまんまなんだけど……。ウェルチは、うちの父と母のプロポーズの話、お祖母様から聞いたことある?」
「あ、はい」
 ウェルチは頷きつつ、祖母の話を思い出す。
 ティオの父親がまだティオくらいの年齢だった頃。彼は一人の町娘に好意を寄せていた。
 今はしっかりと領主業をこなしているティオの父親だが、当時はやや内気な性格で、なかなか意中の娘に想いを伝えられずにいたという。
 しかし、その町娘は快活な美人で他の男性からも人気が高かった。
 告白が恥ずかしいと思い悩んでいる場合ではない。彼女が他の男のものになってしまうのは嫌だ。
 そう思ったティオの父親は、当時からここで薬師をしていたウェルチの祖母を訪ねて「勇気の出る薬ってないのかな!?」と言ったのだという。
「……祖母から何度か聞いています」
「その話に出てくる勇気の出る薬が欲しいんだ!!」
「いやいやいや、そんなおとぎ話の魔法みたいなもの、あるわけないじゃないですか〜」
 あはは、と笑うウェルチに、ティオは不満そうな顔をした。
「ええええええっ!? いや、そんなことはないはずだよ! だって、父はそれを使って母に無事プロポーズをしたって聞いてるよ!!」
「……奥様の目の前でバラの花束掲げて愛を綴った詩集を朗々と詠んだとか……。それって無事っていうんでしょうか……?」
 領主の性格を知っているウェルチとしてはなかなか想像できない姿である。祖母が面白おかしく脚色したのかと思っていたが、ティオは気まずそうに視線を逸らした。
「……うん、ちょっと恥ずかしいなぁとは思うけど。……ってそうじゃなくって! そこまで知ってるってことは、やっぱりあるんでしょ? 勇気の出る薬!!」
 今度はウェルチが視線を逸らす番だった。
「ええっと……まあ、祖母は領主様の依頼を受けたらしいですけれど……というか、何で勇気の出る薬が欲しいんです?」
 その問いかけに、ティオがびしりと固まった。
「……え?」
 その頬がほんのりと朱色に染まる。もう立派な大人だというのに、この人は本当に素直な人なのだ。幼い時よりも身体が丈夫になり身長も伸びたティオだが、優しく素直な性格は少しも変わらない。
 そんなティオの性格を、好ましいと思う。ウェルチはふわりと微笑み、首を傾げた。
「……誰かに、プロポーズしたいんですか?」
 そう問いかけた、瞬間。ティオの顔が熟れたトマトのように赤く染まった。
「ぼ、僕っ……そんなこと、一言もっ……」
「でも、そうなんでしょう? お顔が真っ赤ですよ」
 そう言うと、ティオは手の甲で頬をこすり、ふいと視線を逸らした。
「……何でウェルチにはいつもわかっちゃうんだろう?」
「だってティオさんって素直なんですもの。……ティオさんに愛される女性は、きっと幸せですね」
 そう言うと、ティオは曖昧な笑みを浮かべ少しだけ肩を落とした。
「ウェルチって……ううん。何でもない。……僕が、いつまでもきちんと言わないからいけないんだよね、きっと」
 後半の呟きの意味が分からずウェルチは小さく首を傾げたが、ティオは気にしないでと小さく苦笑しただけだった。
「……ティオさんの熱意は、分かりました。……祖母が領主様に何を渡したのかは聞いています」
「やっぱり、あるんだね!」
「……勇気の出る薬、というと語弊があるんですが……まあ、領主様が奥様に大胆プロポーズをするきっかけに至った物はあります。けど、これをタダで渡すわけにはいきません」
 ウェルチの言葉に、ようやく頬から赤みが引いたティオは首を傾げる。
「え? お金払うよ、もちろん」
 その言葉に、しかしウェルチは首を横に振った。
「いえ、お金ではないんです。試させて下さい。――あなたが、どれほど真剣なのかを」

 

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