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第一話

 ウェルチとジーナは、いつものカフェにいた。さすがに秋の終わり頃からは吹く風もかなり冷たくなり、ぐんぐんと気温も下がっていくので、テラス席でのお茶は厳しい。
 この日も、二人はテラス席ではなく店内で会話をしていた。
 ジーナはホットココアを飲みながら、ちらりと窓の外に視線を向けた。
 窓の外にはテラス席と広場が見える。その広場に、人影はまばらだ。今日は一段と冷え込んでいるからなおさらだろう。
 行楽シーズンの終わった町は、元の静けさを取り戻していた。雪景色を楽しむために滞在する観光客もいるけれど、秋ほどの人手はない。
「……帰ってこないわね〜、ティオ」
 ぽつりとジーナが呟く。ウェルチは小さく肩を震わせた。
「……うん。そうだね」
 ウェルチの様子に気付いているのかいないのか、ジーナはテーブルに頬杖を突きつつ小さく息を落とす。
「都に、行ってるのよね。アルバート家のお嬢様と」
「うん。……火事の件で、レティシア様のお母様がすごく心配してて、安心させるために顔を見せに帰るって言ってた」
 あまりにもレティシアのことを心配しすぎて、レティシアの母は体調を崩したらしい。
 秋が終わってもこの町に滞在する予定だったレティシアだが、一度都へと戻ることとなった。そして、火事にあった女性を一人で帰すのは忍びないということになり、年齢の近いティオが都まで付き添うこととなったのである。
 その辺の事情は、火事のあとも何だかんだで顔を合わせる機会があったレティシアに直接聞いた。
 レティシアがウェルチのお茶を気に入ってくれたというのは、ティオが気にしていた女性を確かめるための口実ではなかったらしい。
 火事の直後に警告めいた発言をしていたにもかかわらず、数日後には火事に動揺している侍女たちを気遣い、心を落ち着ける作用のあるお茶をウェルチに依頼して来た時は正直に言って驚いた。
 あまりにもすっぱりと割り切れていて、感心してしまったほどだ。
 レティシアのようなタイプのご令嬢は、珍しいのだろう。色々と牽制やら警告やらされたウェルチだが、レティシアの印象はそんなに悪くはない。
「……そうよね。でも、もう二週間よ? いい加減、遅すぎるような気がするわ」
 そう言って、ジーナは眉をしかめる。
「……せっかく、ウェルチが気持ちを自覚してくれたっていうのに。ティオもタイミング悪いというか何というか」
 ウェルチは口に含みかけた紅茶を思わず吹きそうになった。
 やっぱりジーナにはウェルチの気持ちなどバレていたらしい。まあ、ウェルチも隠そうとしていないし、そもそもジーナ相手に隠せるとも思えない。
「……仕方ないよ」
 ウェルチは何とか微笑む。それは半ば自分に言い聞かせるような口調だった。
 内心はやはり、寂しい気持ちと不安とでいっぱいだ。
 自覚した当初は、こんな風に感じるなんて思ってもみなかった。
 レティシアが冬もこの町に滞在すると聞いた時は衝撃を受けたけれど、それでもティオがこの町にいる間はもう少し、ウェルチにも余裕があって客観的にも考えられたのに。
 顔を見ることはおろか、二人の様子さえ伝え聞くことも出来ない。都から遠く離れているのだからそれも当然なのだけれど、何だかもどかしい。
「仕方ないって……」
 ジーナの表情が一段と険しくなる。ウェルチは苦笑を浮かべたまま、ティーカップをテーブルに置いた。
「わたしが気づくのが遅かったんだもの。もう少し早くに気付けていれば、もっと別の道もあったと思うけれど。……それに、ティオさんは貴族だから、個人の感情だけじゃどうにも出来ないこともあるだろうし。……仕方ないんだよ」
 未来を見据えたようなウェルチの瞳と、諦めにも似た言葉に、ジーナは表情を曇らせる。
「……ウェルチ。あんた……」
「それに、わたしも考えていることがあるしね」
「考えてること?」
 ウェルチはにっこりと笑う。
「うん、そう」
「それって何って……聞いてもいいのかしら?」
 少し遠慮がちに問いかけるジーナに、ウェルチは微笑んで頷く。
「うん。逆に聞いてほしいな。……あのね」
 そう口を開いた時、カフェの戸が開いた。会話に集中していた二人は、その時になって外が騒がしいことにはじめて気づく。
「ウェルチ! ジーナ!」
 満面の笑顔とともにカフェに入って来たのは、今話題にしていたティオその人であった。

 

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