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第五話

 何だろう。レティシアの笑顔はとっても綺麗だ。なのに、怖い。
 レティシアの前で持参したお茶をいくつか並べて説明をし、欲しいと言われたものを手渡したウェルチは、内心ため息をつく。
 ジーナに鈍いと指摘され、自分でも鈍い自覚はあるが、さすがにこれは分かる。
 もしかして、もしかしなくとも牽制されているのではないだろうか。
 そもそもわたし自分の気持ちすらよく分かってないんですなどと言えるはずもなく、ウェルチは内心冷や汗を浮かべつつも何とか笑顔を保っている。
 一体、ティオはレティシアにどんな話をしたのだろう。
 少なくとも、レティシアはティオを気に入っていて、そのティオがウェルチを気にかけていることは分かっているのだ。もしかしたら、ティオの恋心にも気付いているのかもしれない。
 でなければ、こんなに牽制される理由が分からない。
「……本日はありがとうございました」
 頭を下げてそう言うと、レティシアはにこりと笑った。
「こちらこそ、お礼を申し上げなければなりません。また、遊びにいらしてくださいませね」
 疲れるから遠慮したい。そんな本音を飲み込んで、ウェルチはにこりと笑みを浮かべた。気を抜いたら笑顔が引きつりそうだ。
 その時だ。侍女の悲鳴が別荘に響く。
 そうしてばたばたとこの部屋に足音が近づいてくる。
「お嬢様!」
 そしてノックもなく開かれた扉に、レティシアは不快そうに眉をしかめた。
「何です、お客様の前で騒々しい」
「も、申し訳ございません。ですが、お嬢様! お逃げください!」
「え……?」
 その言葉にウェルチが表情を険しくし、レティシアが小首を傾げる。その反応に、侍女は焦ったように叫んだ。
「火事です! 早く!」
「えっ……!?」
 動揺した様子のレティシアの動きが止まる。ウェルチは鞄を肩からかけると、レティシアの手を取った。
「行きましょう! レティシア様!」
「ウェルチ……!」
 有無を言わさずにレティシアを引っ張って、ウェルチは部屋の外に出る。
 途端に焦げ臭いにおいが鼻についた。ウェルチは空いている方の手で鞄からハンカチを取り出しながら、後ろを振り返る。
「レティシア様、ハンカチとか口を覆えるような布はお持ちですか?」
「え……」
 どこか呆然とした様子のレティシアの反応が鈍い。
「レティシア様、これを」
 それを見ていた侍女が、ポケットに入れていたハンカチを取りだし、レティシアに差し出す。
「……ありがとう」
 呆然と受け取ったレティシアに、ウェルチはそのハンカチで口と鼻を覆うように言う。どれくらいの規模の火事かは不明だが、煙など吸わない方がいいに決まっている。
「あなたもです。何か布はお持ちですか?」
「わたしはこれで大丈夫です」
 侍女は自分がつけていたエプロンの端を思い切り引き裂き、その布で口元を覆う。そして、ウェルチ達を先導するように走り出した。
 別荘の内部はだいぶ煙が充満しているが、出火元からは離れているらしく、火傷ひとつ負うことなく三人は別荘の外に出る。
 ウェルチ達から少し遅れて、屋敷に待機していた侍女たちが飛び出してくる。
 少し離れた場所の窓ガラスがぱりんと割れ、窓から炎が噴き出す。侍女たちが悲鳴を上げた。
「誰か、消防団へ通報しましたかっ!?」
 声を張り上げるウェルチに、侍女の一人が怯えた様子で頷く。
「ちょうど、一人小間使いの者が戻って来たので、その者に……」
 レティシアが両手で顔を覆う。
「どうして、こんな……」
 誰かが、燭台が倒れたんです、と呟く。今日は乾燥しているから、何かに燃え移ればあっという間に燃え広がってしまうだろう。
「……エレン?」
 その時、レティシアがぽそりと呟いた。ウェルチは、はっと顔を上げ、辺りを見回す。
 足の不自由な年配の侍女の姿は見渡せる範囲にはどこにも見えない。
「誰か、エレンを見まして!?」
 レティシアが立ち上がって叫ぶ。だが、侍女の誰もが首を横に振るだけだ。
「きゅ、休憩室に入っていかれたのを見ました……」
 ウェルチは肩に掛けていた鞄からケープを取り出すと、鞄を放り投げた。そして視線を巡らせる。こういった屋敷には、防火漕も兼ねて噴水があったりするものだ。
 お目当ての噴水を見つけたウェルチは、ケープを抱えて噴水へ走る。
 そしてケープを噴水の水に浸した。
「……ウェルチ?」
「休憩室はどこですか? 出火元から近いですか?」
 レティシアの問いには応じず、ウェルチは侍女に尋ねる。消防団の到着を待っていたら、手遅れになる。急がなければ。
「ええと……」
 侍女の説明を聞きながら、ウェルチは水をたっぷり含んだケープを身にまとおうとした。その時だ。
「何しているの、ウェルチ。火傷したらどうするんだ」
 横からひょいとケープを奪われる。かけられた声はいつもの穏やかな調子とは違って、強張っていた。
「ティオ、さん……?」
「取り残された人がいるんだね? どこ?」
 突如現れ、ウェルチのケープをまとったティオが、険しい表情で問いかける。いつものほんわかとした雰囲気はどこにも見えない。
「休憩室です。足の不自由なおばあさんが……」
「うん、分かった。ウェルチはここをお願い」
 そう言うと、ウェルチの返事も聞かずに、ティオは別荘へと駆けていく。その足取りに少しの迷いも見えなかった。

 

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