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第三話

 俯いたウェルチを見ながら、ジーナは考え込む。
 ウェルチは分からない、と言うけれど本当にそうだろうか。ティオが近付いて来た時の笑顔や、会話をしていた時のウェルチは、穏やかで幸せそうで。
 ティオに恋しているようにジーナには見えたのだが。
 それでもウェルチが自分の気持ちに気付かないのは、ウェルチが感情で物事を判断するタイプではないせいだろう。
 いずれウェルチを一人残して逝くことが分かっていた彼女の祖母は、ウェルチにきちんと考えて、納得してから行動するようにといつも言っていた。
 ウェルチは幼い頃から祖母の教えを実践していた。その教えはしっかりとウェルチに身についたらしく、ウェルチが感情に任せて行動するところを、ジーナは未だに見たことがない。
 けれど、今回はその教えがいい方向に働いてはいないように思える。頭で理解しようとしすぎてしまって、自分の気持ちに気付けないのだ。ティオとの付き合いが長く、友情と恋情の境が曖昧なことも、それに拍車をかけているに違いない。
 それだから、はたから見れば明らかに恋をしているのに本人にその自覚がないという何だかおかしな事態になってしまっているのだと、ジーナは思う。
 ウェルチがこの感情は恋なんだと頭で理解できるような何かが必要だ。それがない限り、ウェルチとティオはいつまでもこのままなんじゃないだろうか。
 これまでは、ジーナはそれでもいいんじゃないかと思っていた。実際、夏にウェルチの背中を押した時は、二人の関係が進むのにかなりの時間がかかるだろうと思っていた。それでも当事者同士がそれでいいと言っているのだから、いいのだと。
 そもそも、恋愛なんて他人に急かされてするものではないだろうし。
 だが、今は事情が違う。ここのところ毎日忙しいウェルチはたぶん知らないであろうことを、ジーナは知っていた。
 夏頃から忙しそうにしていたティオは、実は都の貴族にパーティーに招待されて、たびたび都を訪れていたらしい。
 その理由は、年頃になったティオの見定めるためのものだったという。つまり、ティオは都の貴族の娘達の婿候補に挙がっているのだ。
 それは少し考えれば当然の事だろう。幼い頃から付き合いがあり、ティオの家族も気さくな人達であるため忘れがちだが、ティオは辺境とはいえ一つの町を治める貴族の三男坊なのだ。婿に向える家柄としては申し分ないものに違いない。
 ティオがウェルチに想いを寄せていることは、彼の家族も知っているだろう。もし、ティオとウェルチが恋人同士なら、彼の父は多少無理をしてでも彼らの幸せを応援することだろう。自身が町娘に恋をして妻にしているのだから、身分違いなどということもない。
 だが、現状はティオがウェルチに片思いをしているだけだ。それを理由にパーティーも見合いも断ることは出来ない。非常識がすぎる。
 もし、ティオを気に入った貴族が出てきて婿に迎えたいと言われたら、領主の立場を考えれば、その申し出を受ける他ないだろう。
 鈍いティオは今のウェルチの感情に気付いていないだろうから、自分が諦めればそれで済むと、そう考えて申し出を受ける選択をするんじゃないだろうか。
 貴族の体面や大人の事情、複雑な何かが絡まっていることは、ジーナにも分かる。そうなってしまったら仕方がないのだろう。
 けれど、幼い頃からウェルチの事もティオの事も知っているジーナとしては、二人に幸せになってもらいたのだ。
 幼い頃に両親を亡くし、祖母に連れられて見知らぬ土地に来て心細いだろうに、それでもまっすぐに前を見て歩いてきたウェルチの姿をずっと見てきた。
 今までたくさんの悲しみや苦労を抱え込んできたはずだ。辛いことだってたくさんあったに違いない。けれど、ウェルチはそれを悟らせない。いつだって穏やかな笑みを浮かべるウェルチを、ジーナは尊敬していた。
 だから、ウェルチには幸せになってほしい。出来れば、ウェルチを大事にしてくれるだろう、ティオと。
 それはジーナの勝手な願いだ。だから、今の事態に当事者達よりも焦っている。
 急な来客は、自分達と同年代の娘を連れてくるという。それはまるで。
「……お見合いみたいじゃないの」
 いや、間違いなくそういう意図もあるに違いない。考えこんでいたジーナは、無意識に呟いていた。いきなり黙り込んでしまったジーナを心配そうに覗き込んでいたウェルチは、首を傾げた。
「え? ジーナお見合いするの? お付き合いしている人がいるのに?」
「ちっがーう! 何でただの町娘のあたしがお見合いするのよ!? ティオの話よ!」
 反射的にそう切り返してから、ジーナはしまったと思った。半分は想像の域を出ないから、まだ口にするつもりなんてなかったのに、言ってしまった。
「え……? ……ティオさん、が?」
 ウェルチが大きく目を見開いた。

 

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