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第二話

 ティオの姿を見て、ジーナが不思議そうな表情で瞬く。
「……珍しいわね〜。この時期にティオを見かけるなんて」
 ジーナの言うとおりだ。この時期は、領主一家も訪れてくる貴族達への対応で忙しくなる。それは、領主の三男坊であるティオも例外ではない。
「うん、そうなんだけれどね。……ウェルチ、もしかしてお仕事終わっちゃったのかな?」
 ほぼ店仕舞いを終えていたウェルチの様子を見て、ティオが表情を曇らせる。
「ほとんど商品が売れてしまったので片づけましたけれど、いくつかお茶が残ってますよ。……何かご入り用ですか?」
「うん、そうなんだ。これかから急にお客様が来ることになって……でも、連日誰かしら屋敷にいらっしゃるから、お茶が尽きかけちゃっててね。それで、この時間ならウェルチがいるかなって、思って」
 そう言って苦笑するティオに、ウェルチは数度瞬く。
「ええと。事情は分かりましたけど……それで、ティオさん自ら?」
 普通、領主の三男坊自らお茶を買いに来たりはしないだろう。それは領主一家に仕える使用人たちの仕事のはずだ。
「うん。本当に急な来客だから、みんな忙しそうだし。だったら手が空いてる僕が行けば効率的でしょ?」
 そう言ってティオは微笑む。身分を笠に着ないティオが、使用人たちを気遣ったが故の行動だろう。そう思って、そうなんですかと納得して頷くウェルチに、ジーナは盛大なため息をついた。
「あーのーねー。ウェルチってばほんっとうに、鈍いのねぇ。まあ、気遣ってるのはあるかもだけど、そんなの口実に決まってるでしょ! あんたの顔が見たいからわざわざティオ自身がお茶を買いに来たんじゃないの」
 その言葉に。ウェルチは勢いよくジーナの方に顔を向け、ティオの頬が一気に紅潮した。
「え、えええっ!?」
「ジ、ジーナッ」
 ウェルチとティオの反応に、ジーナは額に手を当て深いため息をつくと、ティオは少しだけ気まずそうに咳ばらいをした。
「そ、そんなわけでお茶を買いに来たんだけど……何が残ってるかな?」
「え、ええっとぉ。……そうですね〜……」
 まだ頬に赤みを残したままだが、ウェルチの顔つきが真剣なものになる。
 先ほどの初々しすぎる反応や今の様子を見ると、二人の関係は夏のあの日から少しも進んでいないらしいのは明らかだ。
 ウェルチとティオの性格を考えれば、予想通りと言えば予想通りなのだが、あまりにもほのぼのじれじれな状態に、ジーナとしては苦笑するしかない。
「今日いらっしゃるお客様は、どんな方なんですか?」
「父の知人で……娘さんも連れてくるらしいんだ。ウェルチ達よりひとつ年上かな?」
 その言葉に、ウェルチは手元の鞄に視線を落とし、しばし考え込む。
「……じゃあ、こんなのはどうですか?」
 そう言って、鞄からひとつお茶の袋を取り出した。
「マローブルーです」
「マローブルー?」
 問いかけるティオにウェルチはこくりと頷く。ウェルチもティオもすっかりと元の調子を取り戻したらしく、いつもどおりに会話をしている。
 ジーナは二人の穏やかなやりとりを何となく眺めていた。
「はい。その名の通り青いお茶なんですけれど、レモンの輪切りをいれるとピンク色になるんです。美容にもいいですし、見た目もいいですから、喜ばれると思いますよ」
 ふわりと笑うウェルチに、ティオも柔らかく微笑んだ。
「そうなんだ。何だか、可愛らしいお茶だね。……じゃあ、これにするよ。はい、お代はこれで足りる?」
「大丈夫です。……はい、どうぞ」
 ウェルチがお茶の袋を差し出すと、ティオはその袋を大事そうに抱え込んだ。
「ありがとう。じゃあ、僕は帰るね。じゃあね、ウェルチ。あ、ジーナも」
「はい、お気をつけて〜」
「はいはい、あたしはついでなのね」
 わざとらしく拗ねてみせるジーナに、ティオは少しだけ慌てたようにごめんと謝った。ジーナが本気で怒っているとは思っていないウェルチは、そんなやり取りに小さく笑う。
「まあ今日は許してあげるわ。じゃあ、またね」
 ウェルチとジーナに見送られて、ティオは早足で屋敷へと戻っていく。
 ティオの姿が視界から完全に消えてから、ジーナはウェルチを見た。
「やっぱりまだ結論は出てないのねぇ」
「う、うん……。ちゃんと考えてるんだけど、まだ、分からなくて……」
 ウェルチは困ったような表情でそう言って俯いた。

 

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