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第五話

 ウェルチとジーナの視線に気づいたのか、ティオの顔がこちらを向き――……その動きがびしりと止まった。
 それを見たウェルチも動きを止めてしまった。お互いに硬直したまま動けないでいると、それを見守っていたジーナが深いため息をつく。
「あんた達は、も〜……」
 まだるっこしいなぁと呟きつつ、ウェルチの背後に回る。
「……ジーナ?」
「いいから。はい、立って〜」
 そう言って、半ば腕を引っ張るようにしてウェルチを立たせると、どんっとその背を押した。
「うわわっ!?」
 その勢いで、ウェルチは数歩前へと踏み出した。その分だけ、ウェルチとティオの距離が縮まる。
 それを見たティオの肩がびくっと跳ね、止まっていたときが動き出したかのように、片足を半歩だけさげる。そして。
「ああっ!?」
 ジーナが声をあげる。ティオはウェルチ達に背を向けると、走り出してしまったのだ。
「逃げたわねっ!? あんのヘタレ! ウェルチ!!」
「はいっ!!」
 やたらと覇気のこもったジーナの声に、ウェルチは思わず姿勢を正す。
「追いなさいっ!!」
「了解ですっ!!」
 ウェルチは反射的に、ティオの背を追って駆けだしていた。ジーナの気迫に押されて駆けだしたけれど、このままではいけないのだと自分でも思う。
「ティオさん! 止まって下さい!!」
 叫べば、ティオの肩がびくりと震えた。一瞬、ティオの走る速度が緩まる。ウェルチはその隙に一気に距離を詰めた。
「は、早っ!?」
 微かに振り返ったティオが、驚いて目を見開く。
 ウェルチはずっと森で暮らしてきたのだ。足腰には自信がある。幼少期を伏せて過ごすことが多かったティオは、丈夫になった今でもそんなに激しい運動をすることはなく、そんなに体力があるほうではない。
 体力勝負がウェルチに分があるというのは、ティオにしてはいささか不本意なのかもしれない。
「ティ、オさんっ!」
 ウェルチはぐっと手を伸ばし、ティオの腕を掴む。ティオは観念したように立ち止まった。
 そんなに長い距離ではないとはいえ、全力で走ったのだからお互いに息が荒い。先ほどとは違う沈黙が二人の間に流れた。
「「……あ、あの……」」
 ようやく口を開いたと思えば、発言が重なる。お互いにひどく緊張しているのが分かる。
「ご、ごめんなさい。ティオさんからどうぞ!」
「こっちこそごめん! ウェルチこそ、何か言いたいことがあるんだよね?」
「え、ええと……」
 ウェルチは思わず視線を逸らした。なんと切り出せばいいのだろう。
「でも……その前に……。僕、君に謝らなきゃいけないよね」
 その言葉に、ウェルチは小さく首を傾げる。
「……謝る、ですか?」
「うん」
 ティオはこくりと頷くと、小さく息を吸った。緊張した空気を感じて、ウェルチは無意識に小さく息を呑み、背筋を正していた。
「あ、あの日……逃げるように帰っちゃってごめんね。しかも、病人のベッドに酔っぱらって寝ちゃうし……。恥ずかしいし情けないしで、もうあの場にいるのが辛くて……」
 ティオは小さく苦笑いを浮かべた。
「でも、あそこで逃げちゃいけなかったんだね。時間が経てば経つほど気まずくて……。ずうと、ウェルチのこと避けてたんだ」
 それはウェルチも同じだった。気まずくて、どんな顔をして何を話せばいいのか分からなくて、ずっと避けていた。
「今日も、つい逃げちゃったし……本当、自分でも情けないと思うんだけど……怖くて。……でも、覚悟を決めなきゃいけないよね」
「……覚悟?」
 そう問いかけるウェルチを、ティオの緊張した瞳が見つめてくる。
「……僕は、ウェルチが……好きだよ」
「……っ」
 ウェルチは思わず息を詰まらせた。
「……やっと……ちゃんと言えた」
 ティオがややほっとしたように微笑む。その頬が赤く染まっているけれど、それはウェルチだって同じだろう。
「……あ、ありがとう、ございます」
 掠れた声を何とか絞り出して、ウェルチはまずお礼を述べた。
「気持ちは、嬉しいです。とっても。前回だって、確かにお酒の勢いですけれど、真剣さは伝わってきて……嬉しかったんです」
「……うん」
 ティオが小さく頷く。ウェルチはぐっと両手を握りしめた。手のひらにじんわりと掻いた汗が、気持ち悪い。異様な速度で鳴る心臓がうるさくて、ティオにも聞こえてしまいそうだ。
「……でも、ごめんなさい。わたし、ティオさんに答えを返せないんです。……情けない話ですが……自分の気持ちが分からないんです」
 ウェルチは思わず俯きそうになる。こんな話をして、呆れられないだろうか。嫌われないだろうか。そんなことを思うと、目を反らしたい衝動に駆られる。
 それをしないのは、ティオがとても真剣な眼差しをウェルチに向けて話を聞いてくれているからだ。
 だから、ウェルチも目を反らしてはいけないのだと思う。たとえ、きちんとした答えを返せなくても……いや、きちんとした答えを返せないからこそ、せめて誠意を持って話すべきなのだと、そう思う。
「ティオさんのことは、好きです。でも、それが友情なのかどれとも違うのか……恋愛経験のないわたしには、判断出来なくて……ごめんなさい」
 ティオは黙ったまま、ウェルチの言葉を聞いている。
「でも……もし、よろしければ……わたしに、少し時間をいただけませんか?」
「……時間?」
 ティオが小さく首を傾げる。ウェルチはこくんと頷いた。
「今日までずっと、ティオさんに会うことを避けてきました。でも、今日こうやってきちんとお話して……きちんと自分の気持ちに向かい合いたいと思いました。なので、もう少し時間をください。ちゃんと、考えて答えを出したいです」
 そこまで言ってから、ウェルチは急に不安になった。っても自分勝手なことを言っている気がした。
「……自分勝手な言い分ばかりで、すみません……」
 しょんぼりとそう付け足すと、ティオは首を横に振った。
「……ううん。勝手なんかじゃないよ。ウェルチはこういう話は苦手だろう? なのに、一生懸命に考えてくれて嬉しい。前回、あんな醜態見せちゃったから、振られちゃうんじゃないかってずっと思ってたんだ」
 そう言ってティオはほっとしたような笑顔を見せた。
「……僕も、今日ウェルチと話せてよかったよ。少し前に進めたような気がする。……ジーナに感謝しないと」
 その言葉にウェルチは微笑みつつ同意する。
「そうですね。ジーナが背中を押してくれなかったら……追いかけてなかったと思います」
「そういえば、ウェルチって足速いね〜」
「森育ちは伊達ではありませんよ?」
 ウェルチがそう言って胸を張るとティオが小さく吹き出した。それにウェルチも笑う。こんな空気は本当に久々だった。

 

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