Carta(手紙)
郵便受けを覗いたジーナは、中に一通の封筒が入っていることに気付いてそれを手に取った。
白を基調としたその封筒には、ところどころに繊細な金色の装飾が施されていて、それだけで普通のレターセットよりは高いのだろうと見当はつく。
本来ならばジーナとは縁がなさそうなその手紙が届くのも数回目。慣れてはきたものの、自宅のお世辞にも立派とはいえない郵便受けに綺麗な封筒が入っているのを見ると、何ともいえない違和感がある。
そんなことを思いながら、ジーナは封筒を裏返す。そこに記された名前はレティシア・E・アルバート。本当はもっと長い名前らしいのだけれど、ジーナはそこまでは知らない。
個人的なやり取りのたびに正式な名前を書いていると疲れるらしい。貴族の――しかも、伯爵家のご令嬢と個人的に手紙をやり取りしているだなんて、未だに不思議な気分だ。
ジーナは手紙をテーブルに置くと、用意してあったポットからカップにお茶を注いだ。お茶の色は透明な赤だ。
このローズヒップティーもウェルチお手製のものである。
椅子に腰かけると、お茶に口をつける。口の中に微かに広がる酸味を楽しんだジーナは、改めて封筒を手に取って封を切った。
十日ほど前にジーナからも手紙を送っているから、その返事だろうと想像はつく。
自分が書いた手紙の内容を思い出し、ジーナは苦笑を浮かべる。彼のご令嬢はどのような反応をしたのだろうか。
綺麗な文字で親愛なるジーナと書かれているのを見て少し照れくさい気分になりながら、ジーナは視線を滑らせた。最初の方には季節のあいさつと、レティシアの近況が書かれてある。そして。
『いつも、お手紙をありがとうございます。
わたくし、あなたからのお手紙をいつも心待ちにしているのです。
それなのに、返事が遅くなってごめんなさい。
体調が悪かったわけではないのです。
あなたのお手紙の内容があまりにも衝撃的過ぎたもので、
なかなか筆を執れずにおりました。』
「……そうよね、衝撃的よね。……色々な意味で」
ジーナは、一人ごちて遠い目をした。そしてそのまま文章を読み進める。
『最初見た時は我が目を疑いました。
ジーナの事を信じていない訳ではないのですよ?
でも、あまりにも信じられません。
どうしてそんなことになってしまったのか。
だって、そうでしょう?
ティオ様とウェルチが同棲を開始して、
一気に恋が進展したと思ったら何故か師弟関係になっていた。
……意味が分かりません!』
ジーナはうんうんと頷いた。その気持ちはよく分かる。ジーナはウェルチから報告を受けた日のことを思い出していた。
最初にティオとあの小屋で暮らすことになったと言われた時は、腰が抜けるんじゃないかと思うほど驚いた。今まで亀だってもっと早く歩けるんじゃないかと思うくらい、動きを見せなかったウェルチとティオの恋模様が、一気に動きすぎだろうと。
だが、深く話を聞くとティオはウェルチに弟子入り志願をしたのだという。
ティオさんを立派な薬師にするまでは、わたしも師匠として頑張る! と妙に張り切るウェルチに、どうしてそうなったと思い切り突っ込んだのは、レティシアに手紙を書く三日前の話だ。
レティシアにウェルチとティオの様子を教えてほしいと頼まれていたジーナはすぐさま手紙を書き始めたものの、感情的になりすぎて文章がまとまらず書くのに三日かかった。
二人と付き合いの長いジーナでさえ、まああの二人だしと落ち着くまでに三日ほどかかったのだから、付き合いの浅いレティシアではもはや理解できない次元に違いない。
だからこそ、返信に時間がかかったのだろう。
『わたくしはティオ様を振りました。
都に帰る直前、ウェルチのことも焚き付けました。
それですぐにどうこうなるとは思ってはいませんでした。
でも、お二人の行動は全くの想定外です!
あまりにも驚いて、くらくらするという感覚を初めて知りました。
ジーナなら、わたくしの気持ちをよく分かってくれるのではないかと思います。』
分からない訳がない。というか、当人達以外はみんなくらくらする感覚を共有していると思う。
半年ほど前、色々と思い悩んでいたティオに、薬師に関わる仕事をすればウェルチの側にいられるし役に立てるぞと焚き付けたらしいティオの兄達も、頭を抱えているに違いなかった。
まさかティオが想い人当人であるウェルチに弟子入り志願するとは、思ってもみなかったらしい。
『あのお二人の近況をこうして読むだけでやきもきするのですから、
一番近くでそれを見ているジーナはもっとじれったい心境でしょうね。お察しします。
けれど、わたくしは思うのです。
あなたの存在が、あのお二人の背中を押し、恋を進めてくれるのではないかと。
あなたはとてもまっすぐな気性の持ち主ですから。
元々恋敵だったわたくしがこんなことを書くのはおかしいかもしれません。
けれど、あのお二人の不器用さを知ってしまったから、
わたくしはあのお二人の幸せを願わずにはいられません。』
その言葉に、ジーナは自然と柔らかく微笑んだ。
それはジーナも同じだ。ひどく遠回りな恋をしている不器用な二人の幸せを、願っている。
『だから、何かあったらわたくしに相談してください。
出来る限り力になりますからね。
ああ、随分と長い手紙になってしまいました。
紙面も尽きようとしています。
けれど、最後にひとつだけ言わせてくださいね。
――確かに、ティオ様とウェルチの様子を教えてと願ったのはわたくしです。
ですが、あなたもわたくしの大事な友人なのです。
あなたの近況も書いてくれると嬉しいです。
あなたの手紙からは、あなたが幸せかどうかは分からないのですもの!』
結びの文章にジーナは目を丸くした後、大きく破顔する。
そういえば、前回の手紙はティオとウェルチの師弟関係の話ばかりで、自分のことはほとんど書かなかった。というか、書けなかった。それを、彼女は気にしていたらしい。
もう一度手紙を読み返す。最初は何を書けばいいのか迷っていた手紙も、今はジーナの楽しみのひとつになっている。
さあ、どんな返事を書こう。そう思いながら、ジーナはローズヒップティーを口に含んだのだった。