記憶のうた エピローグ:それぞれの明日へ
「……で、着いたのか? 召喚士の村とやらに」
ウィルは視線だけでパソコンの画面に表示された報告書を読みながら、携帯電話で会話を続ける。
エアリアルから戻ったその日にガジェストールの王宮に戻った一同は、休息も兼ねて数日間をこの王宮で過ごした。
今は、それぞれ旅の空だ。
「……お前がリアに着いてくとはな。えらく懐かれたもんだな、ユート」
ウィルの電話の相手は、ユートだった。今は、各地に散った仲間達に携帯電話を渡してある。この大陸最南端の魔術国・クラフトシェイドでも使用出来る高性能のものだ。
エアリアルへの渡航費用を肩代わりしたウィルが、仲間達に提案をした。各地の情報を定期的に送って欲しい、と。
ガジェストールやその周辺諸国ならばともかく、遠方になり機械が普及していなければ、ウィルの情報網も用を成さない。ガジェストールを出るまでは気にも留めなかったことだ。
だがこれから先、そう言った地域の情報が必要になることもあるかもしれない。だから、旅先で情報を集めて欲しい。
情報代は借金返済に充てさせてもらうが、必要経費くらいは出してやる。
そう言って持ちかけた提案に、ティアとリュカはあっさりと頷き、リアは任せてと胸を張った。
ユートが御大って結構甘いよねぇ、と可笑しそうに笑ってから了承していたことを思い出すと、若干面白くない。
リアとユートは、現在リアの故郷である召喚士の村にいるらしい。
詳しく聞くことはなかったが、リアは過去のトラウマから精霊召喚が出来ず、それを克服するための修行の旅だったらしい。今回の件で、無事克服するに至ったリアは一度村に戻るのだと言っていた。
修行云々は抜いても旅自体は面白いらしく、しばらくしたらまた旅を再開すると言っていたが。
「ソフィアちゃんね、お姉ちゃんにちょっと似てるの! 何か、会いたくなっちゃった〜」
そう言って半ば引きずるようにユートを連れて行ってしまったのだから、なかなかにパワフルだ。あっさりと了承したところを見ると、ユートも保護者役を勤めるのはまんざらではないのかもしれない。
「あ? ティアとリュカ? ……ああ、さっき連絡があった。……何でも、甘味処のメニューを全制覇したらしい」
若干声がげんなりとしてしまったのは、あっさりと想像がついた上、想像だけで気持ち悪くなってしまったからだ。
一番最初に来た連絡がが甘味処制覇というのも、情けない話である。というか、そんな情報を寄越せとは一言も言っていない。
ティアとリュカも、数日前にこの国を旅立ち、以前のような二人旅を続けてるはずだ。
旅立つ時のティアの物凄い野望を思い出し、ウィルは若干ぐったりとする。
「私は行く。何せ、地上の甘味を制覇してないのでな」
壮大だ。壮大すぎる野望に大きく頷いたのは、やはりリュカだった。そのリュカに、ティアが尋ねていた内容も印象的だ。
「リュカ、嫌なら来なくてもいいんだぞ?」
さすがに自分の食べる量が異常だと自覚しているらしいティアだったが、リュカの答えなど決まってると、ウィルは思ったし、事実想像通りの答えを告げていた。
「行くよ、一緒に! 僕は、ティアの傍にいたいんだ」
傍目に聞けばプロポーズに聞こえなくもない。その場にいたリアなどわくわくと展開を見守っていた。が。
「そうか。リュカも甘いものが好きなんだな」
見事に玉砕していた。リュカの春はまだまだ遠いらしい。
そこまで思いを馳せ、ウィルは本題から外れていることに気付いた。少しだけ、声のトーンを落とす。
「……て、そうじゃない。前に言ってた血の呪いの事、結局聞きそびれたままだからな。話してくれ」
「うーん。呪いのひとつにね、魔力がなくても出来るやつがあるんだよね〜。血と名前で縛るヤツ。術者の血と名で縛れば、命で縛るのと同じだからねぇ。術者が死ぬか術を解くまで効力が続く、みたいな」
ユートは黒い携帯電話に向かってのんびりとそう呟く。寄りかかった柵が小さく軋んだ音を立てたが、ユートはあまり気にしなかった。
「俺様も記憶曖昧だったし、一応調べたけど、やり方は難しくないっぽいよ? 魔力要らないし、御大でも出来るんでない? 名前の力が強力そうだし。ただ、お姫の状態を考えれば、現代魔術じゃきついかもね〜。それこそ、古代術レベルじゃないと。術式組み立てなきゃだねぇ」
そう言うユートの視界に、自分の家から出てきたリアの姿が映った。もうすぐ三時の時間だから、お茶の時間だとユートを呼びに出てきたのだろう。ユート達はあと数日間はこの村に滞在する予定だ。
「ええ? 術を組み立てられるかって? 無理無理〜! 古代術使えってんなら何とかなるけど、術を組み立てるって理論的な人のが向いてるし、御大向きでしょ。え? 魔術は疎い? いやいや、お姫の為に古代語覚えたお方が何言っちゃってんの〜。そこはラブパワーで何とかしちゃってよ」
そう言ったら、ぶちりと電話を切られた。ユートは携帯電話を耳から離して見つめると、可笑しそうに笑う。
「……これだから、旅ってやめられないんだよねぇ」
リアがユートを呼ぶ声が、聞こえる。ユートは携帯電話をポケットにしまうと、はいはーいと緩い返事をして、体を柵から起こしたのだった。
「……ったく、あいつは」
小さく舌打ちしたウィルの耳に、インターホンの電子音が響く。ちらりと時計に視線をやれば、三時に近い。
この時間にウィルを訪れる人物など、決まっている。だから、誰かの確認も取らずに、ロックを解除した。無用心な気がしなくもないが、そこは自分でプログラムした警備システムと、警備兵達を信用している。
「し、失礼します。お疲れ様です、ウィルさん。入って大丈夫ですか?」
「……駄目だったらロック開けないぞ、普通。何遠慮してんだか」
報告書に目を通し終わるまでは顔を上げることは出来ない。パソコンから視線も外さずにそう応じれば、微かに笑う気配がした。
「そのお仕事が終わったら、少しお茶にしませんか?」
旅から戻って仕事はかなり詰まっているが、その提案はかなり魅力的に思えた。時間は惜しいが、疲れて集中力を欠けば能率が悪い。
「……そうだな、そうする」
あっさりと頷いたウィルに、彼女は弾んだ声を上げた。
「じゃあ、ちょっと簡易キッチンお借りしますね! お茶菓子も買ってきたんです!」
そう言って彼女が、キッチンに姿を消した直後、報告書を読み終えたウィルは顔を上げた。
彼女――ソフィアは、現在この国に留まっていた。魔力の濃い土地に行けば、ソフィアの魔力が暴発する可能性が高まる。そう、ユートに忠告を受け、魔力の影響が一番薄いガジェストールに身を寄せつつ、魔力の暴発を抑える方法を探しているのが現状だ。
そして、あまりに休息をとらないウィルに業を煮やしたのか、三時頃にソフィアがウィルの執務室にやって来てお茶を共にするのが、ここ数日で既に日課になりつつあったりする。
簡易キッチンから、微かに漂う紅茶の香りに、ウィルは微かに目元を和ませた。
もうしばらくすれば、ソフィアがキッチンから顔を出すだろう。たぶん、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべて。
猶予がどれだけ続くか分からない。仮初の平穏なのだと分かっている。
「……ま、何とかなるだろ」
軽く呟いて、ウィルは応接用のテーブルに移動した。ソフィアがドジを発揮して、パソコンにお茶でも零されたら堪らない。
呟きは本心だが、何とかなると言うよりは何とかする、の方がいいかもしれない。仮初の平穏を本物にするための努力は怠らないつもりだ。
そう考えた時、お待たせしましたと声がして、ソフィアがキッチンから顔を出した。
想像通りの――穏やかな微笑で。
〜Fin〜