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    記憶のうた 後日譚:EVER AFTER  〜Epilogue〜

    『……もうすぐ、アンセルに着くからね!』
     やたらと元気のよいリュカの声に、ウィルは携帯電話を僅かに耳元から離すと、苦笑した。
    「そんなでかい声で言わなくても、聞こえてるっての。……そこからだと、あと三日くらいってとこか」
    『そうだね、それくらいかな。……本当に、ソフィアは大丈夫なんだよね?』
     心配そうな声音のリュカに、ウィルは口元に苦笑を浮かべたままため息をついた。
    「だからそう言ってるし、お前ソフィアと電話もメールもしたんだろ。何心配してるんだよ」
    『だ、だって! 実際に会うまではやっぱり不安じゃないか! 声が元気だからってちゃんと大丈夫かどうかなんて分からないだろ? ソフィアってそういうの、隠しそうだし。ウィルも頼み込まれたら、押し切られそうだし』
     それはちょっとありえそうで、ウィルは黙り込んでしまった。
     ソフィアは他人に心配をかけまい、迷惑をかけまいという意識が強い。だからこそ、今回の暴走であのような行動を取ったのだ。確かにソフィアだったら、何かがあっても黙っていそうだ。
     自分が押しに弱い自覚は十二分にあるが、その件に関しては特に触れないでおこうと思いつつ、ウィルはようやく口を開く。
    「……お前、ティアが絡まなければ結構まともだよな」
    『失礼な! 僕はいつでもまともだよ!!』
     大真面目な口調できっぱりと言うリュカに、ウィルは乾いた笑みを浮かべる。
     いや、リュカにしてみたら物凄く真面目にティアへの想いを表現しているだけで、自分がずれたことをしている自覚はないのかもしれない。ただその表現がやや大げさなのと、想い人にまったく通じていないせいで奇異な状況を作り出しているのだ。
    「……あー、うん。そうだな」
     間違っても自分には出来ないなと思いながらウィルは適当な相槌を打った。
    『ウィル、返事が適当じゃないか?』
    「気のせいだ。……三日後だな? 準備しとく」
     訝しい声を上げるリュカにきっぱりと答えて、ウィルは話を切り上げる。こちとら忙しい身なのだ。
    『あ、うん。よろしくー! じゃあ、今度ね!』
    「ああ」
     通話を終えたウィルはパソコンの隣に携帯電話を置くと、そのまま仕事を再開させる。そうしてしばらく作業をしていると、唐突に執務室の扉が開いた。
    「も、戻りました! ウィルさん、アレク様から資料を預かってきましたよ!」
     そうして入ってきたのは、数冊の本やら書類を抱えたソフィアだ。
    「……お疲れ、悪いな。……ようやく、扉の開け方覚えたか」
     立ち上がって、書類やら本やらをひょいと取り上げると、ソフィアは一度自分の手の中とウィルの持つ書類を見比べてふわりと笑う。
    「はい! もう扉の前でうろうろしたりはしませんよ!」
    「まあ、兄上は未だに扉開けるの失敗するからな。上出来じゃね?」
     機械国の次期国王の癖に、自動扉に締め出されるというのもどうなのかと思いつつも、ウィルはそう呟くと、資料に目を通し始める。どう考えてもメールに添付すれば事足りるような資料ばかりなのだが、兄からの資料は自分で取りに行ったほうが早く確実なのだ。
     いつもならば、ウィルが空いた時間に取りに行くのだが――……。
     ウィルはちらりとソフィアを見る。
     魔力の暴走から一週間が経った。あの後、城に戻ったウィルを待っていたのは、何故か膨大な量になっていた仕事の山だった。覚悟していたとはいえ予想以上の仕事量に、ウィルはここ一週間執務室に篭りっぱなしで仕事しっぱなしという、以前と全く変わらない日々を送っている。
     ただ、小さな変化はあった。
    「あとは、何かすることありますか?」
     今まで、ウィルの邪魔をしてしまうことを気にして、三時の休憩の時しか執務室に近づかなかったソフィアが、大抵の時間をこの部屋で過ごし、雑用を手伝うようになったのだ。
     ――出来ないなら出来ないなりに、出来ることから始めることにしました! なので、仕事下さい! 掃除でもお茶汲みでも何でもします!
     そう宣言していたソフィアを思い出し、ウィルは小さく笑うとソフィアの額を軽く弾いた。
    「わわっ!?」
    「あ、そういやリュカ達、三日後に着くらしいぞ」
     額を押さえつつも、ソフィアは表情を輝かせる。
    「ほ、っ本当ですか? 楽しみです!」
    「だから、あとで客室の手配しといてくれ」
    「分かりました。あとは?」
     首を傾げたソフィアに、ウィルはしばし考え込む。
    「今はいいや。細かい仕事は特にねーし。……喉乾いたから、何か飲み物」
     ウィルのいいやという言葉に一瞬だけ残念そうな表情をしたソフィアだったが、すぐに満面の笑みを浮かべて頷く。
    「分かりました! 昨日買ってきたお茶、淹れますね」
     柔らかな笑顔と共に簡易キッチンに向かうソフィアの背中を何となく、見送って。ウィルは柔らかな笑みを口元に浮かべたまま、仕事の続きに取り掛かったのだった。 

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