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    記憶のうた 後日譚:EVER AFTER  〜Beginning Place(8)〜

    「……俺の立場は、よく分かってると思う」
     考えた末に切り出した言葉が、それだった。雰囲気は壊しているような気はするが、お互いにとって大事なことだ。
    「……はい」
    「だから、俺からは何も言えないし、言わない。……そう、決めてる」
     黙って聞いていたソフィアが、数度瞬いて首を傾げる。
    「……あれ? でも、言わないってことは……」
     小さく、そう呟いて。ソフィアは軽く目を見張り、息を呑んだ。
     ウィルが何に躊躇していたのか、何を恐れているのか。全てを伝えたわけではない。けれど、ソフィアはウィルの言葉の持つ意味に気付いたらしい。
     ソフィアの告白に応じられないならば断ってしまえばいいのだ。それで全てがすむ。断るだけならば、ウィルが恐れているような事態だって起こらない。ソフィアは傷つくかもしれないが、区切りがつけば前に進む事だって出来るだろう。
     ウィルが言わないのは、自分の返答がソフィアの将来を縛ると分かっているからだ。
     分かっているから言えない。けれど、嘘をつくことも出来ない。掴んだまま離せない、ソフィアの右手。それが答えだ。
    「え? ええ!? う、うえええええ!?」
     頬を真っ赤に染めて視線を周囲に巡らせ、落ち着きなくそわそわとしてから、握ったままのウィルの左手に視線を落として硬直した。その動揺の仕方がおかしくて、ウィルは小さく笑った。
     そうして、ソフィアの右手をぱっと離す。
    「……と、言えるのはここまで、だな」
     たいしたことは言えていないが、これ以上言葉にすることは出来ない。ソフィアはぎこちない動作で、視線をウィルへと移す。
    「あとは……ソフィアが決めればいい」
     そして決断をソフィアに託すなんて、卑怯だとは思うのだが。
    「……私?」
    「ああ。お前が、どうしたいのか。今までに起こった事も、これから起こるだろう事も全部考えた上で、ソフィアの選びたい道を選べばいい」
     その言葉に、ソフィアの表情が真剣なものへと変わった。
    「起こった事と、起こるだろう事……」
    「そう。想像はつくだろ? かなりの覚悟が必要だと思うから、ちゃんと考えろよ。ああ、でも身分だの資格だのっていうくだらない事は考えなくていいから。それ言い出したら、母上の立場がない」
     ウィルの母だって身分も後ろ盾もない庶民の出身だ。この国の国民ではあったが、それでもソフィアとそう違う立場ではない。
     そんな母親の状態を見てきたからこその、ウィルの決断でもあったわけだが。
    分かったか? と念を押すウィルに、ソフィアは小刻みに頷く。
     ちなみに機械云々は、既にウィルの兄であり次期国王のアレクが機械音痴というどうしようもない状態なので、別段気にする必要もないと思われる。
     ソフィアも機械音痴の部類に入るが、少なくとも兄ほどではない。
     そう付け足すと、ソフィアはちょっとだけ笑った。
    「……お前は、もう自由だから。行きたいところに行けばいいし、好きなところにいればいい」
     けれど、願わくば。ウィルとソフィアの願いが重なって入ればとは思うけれど。それを強制することは出来ない。
     穏やかに紡がれたウィルの言葉に、ソフィアは目を閉じた。
    「……私の、願い……」
     小さく、そう呟いて。ソフィアはゆっくりと目を開けて柔らかく微笑む。
    「……願うことなら、決まってます。……傍に、いたいです。ウィルさんの傍に」
     ウィルは微かに目を細めた。
    「……貴族の陰口なんて今までの比じゃなくなるぞ?」
    「心配して下さって、ありがとうございます。……でも、そのことに関してはそんなに覚悟なんて必要ないんです」
     そう言ってソフィアは苦笑を浮かべた。
    「故郷でだって、言われることはありましたし」
    「だからって慣れるものじゃないだろ?」
     露骨に眉をしかめたウィルに、ソフィアはそうですねと笑いながら言った。
    「……エアリアルで、私は異端視されていました。この地上が好きで、人間が好きで。エアリアルでは恵まれていたのに、幸せだとは思えなくて……。私、ずっと一人だったんです」
     そう言うソフィアは表情は微笑んでいるものの、どこか寂しそうだ。
    「……でも、ここでは違います」
     ソフィアの笑顔が柔らかいものになる。
    「クレム様も、アデル様も気にかけて下さいますし、一緒に旅をした皆さんも……こうやって助けてくれます」
     右手の中指に嵌った指輪をもう片方の手で撫でて、ソフィアは嬉しそうに笑う。そうして、まっすぐウィルを見つめた。
    「それに……ウィルさんがいるから。私は、一人じゃないから。……それならきっと、大丈夫ですよ。覚悟なんてなくたって、乗り越えられます」
     だから、とソフィアは続けた。その表情が緊張を帯びる。
    「私……本当に何も出来ないんですけど、でも、頑張りますから。……それでもよければ……ウィルさんの傍に、いさせて下さい。あなたの隣に、いたいです」
     緊張のせいで微かに震えるソフィアの右手を、ウィルは再び握った。
    「……分かった」
     その言葉に、ソフィアがほっと笑う。その表情を見て、ウィルは全身で息をついた。思っていた以上に緊張していたらしい。
    「……やっぱし、卑怯だったな。肝心なこと、全部お前に言わせて」
     安堵を感じながらもそう言うと、ソフィアは苦笑を浮かべて首を横に振る。
    「そんなことないです。……ウィルさんの立場はちゃんと分かってますし……伝わりましたから」
     だが、このままでは情けないままな気もするのだが。かといって、改まって言うのも何だかおかしい気もする。
     ウィルは小さく咳払いをした。
    「……帰るか」
     その言葉に、ソフィアは数度瞬いてから幸せそうに笑った。
    「――……はい」
     そうしてウィルは立ち上がると、ソフィアの右手をぐいっと引っ張り上げた。
    「わわっ」
     勢いで立ち上がったソフィアの耳元にウィルは囁く。
    「……手放すつもりはないから、後悔するなよ?」
     ソフィアの頬が朱色に染まる。ウィルはふいっと視線を逸らすとそのままエアーバイクに向かって歩き出した。
     繋いだ手は、そのままに。

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