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    記憶のうた 後日譚:EVER AFTER  〜Beginning Place(7)〜

    「……は?」
     零れ落ちるように言われた言葉。それは完全にウィルの意表を突いていて、思わずそんな間の抜けた反応を返してしまった。
     ソフィアはそんなウィルを不思議そうな顔をして見つめ数度瞬いた後、何かを吟味するかのように首を傾げ――いきなり頬を紅潮させた。
    「はわああああああ!? うっかりぽろっと言っちゃったぁぁぁぁぁ!」
     その言葉に、ウィルは思わず額を指で押さえた。
     うっかり言ってしまうところがソフィアらしいといえばソフィアらしい。
    「あああああああ、どどどどどどうしましょうっ、ウィルさん! 絶対に、言うつもりなんてなかったのにぃぃぃぃっ」
     ソフィアは完全に混乱しきっている。告白した相手に助けを求めてどうするんだと突っ込みを入れたいような気もしたが、明らかにそんな空気ではない上に、ソフィアの言葉に引っかかる部分があった。
    「……言う気がなかった、のか?」
     ウィルがソフィアに気持ちを告げずにいたのは、己の身分に付随する権力の大きさと責任の重さを理解しているからだ。けれど、ソフィアにはそんな制限はない。あえていうなら身分差が理由になるのかもしれないが、身分を気にしているならば友人としての付き合いも難しかっただろうから、ソフィアがそれを気にしているようには思えない。
     ならば、何がソフィアを躊躇わせていたのだろうか。
     ウィルの視線に気付いたソフィアが、一瞬だけ顔を上げるが、すぐに頬を真っ赤にして顔を逸らした。
    「な、なかったです! だ、だって……私に、ウィルさんを好きになる資格なんて……」
    「……資格?」
     眉をしかめて繰り返すウィルに、ソフィアは俯いたままこくりと頷いた。
    「な、何度もご迷惑をおかけしましたし……。そ、それに……ウィルさんの隣にいるのに相応しいのは、美人でお金持ちで機械も得意な方なんです。そんな風にウィルさんを支えられる方なんです。私みたいな、身分も能力も何もない人間が、ウィルさんの近くにいる資格なんて……」
     ソフィアの言葉に、ウィルは小さく息をつく。身分云々はソフィアらしくない言葉だ。
    「最後の、身分とか資格とか……身分至上主義の貴族達に言われたのか?」
     ソフィアがはっと顔を上げる。しまったというような表情をしているから、そうなのだろう。
    「……また、うっかり……」
     ぽそりと呟いた言葉の内容から考えて、ソフィアは貴族達にそのような陰口を叩かれていたに違いない。
    「……嫌な思いしただろう?」
     そう尋ねると、ソフィアは再び俯いて首を横に振った。
    「いいえ。……そう考えるのも無理はないと思いましたから。……私、本当にウィルさんに迷惑をかけてばかりで、何の力にもなれないし……だから、言うつもりなんてなかったんです。むしろ、魔力が暴走する前に離れなきゃって思ってたのに、どうしても離れがたくて少しでも傍にいたくて、ウィルさんの優しさに甘えて……だめですね、私」
     ソフィアが、ほろ苦く笑う。うっかりと言ってしまったことで色々と観念したのか、本音をぽろぽろと零していく。嘘をつくことが下手なくせに滅多に弱音や本心を伝えようとしないソフィアのこんな姿は、正直珍しい。
     そんなことを思いながらも、ウィルが口にしたことは別のことだ。
     ソフィアの想いに関しての返答は、あえて引き伸ばしていた。己の中でもまだ、決めかねているのだろうと、客観的に思う。
    「……俺に相応しいのは、美人で金持ちで機械が得意、ね。……本当にそう思ってるのか?」
    「はい。……アデル様みたいな」
     その言葉に、ウィルは思わず頭を抱える。今、この場で自分の初恋の人で兄の婚約者の名前が出てくるとは思わなかったが、そう言えばソフィアはウィルが抱えていた感情を知っているのだ。
    「何でアデル……義姉上の名前が出て来るんだよ。今は何とも思ってないって言ったよな、確か」
    「で、でもでも好きだったんでしょう? ならやっぱり、アデル様のような方がいいじゃないですか! それに、私みたいなのが城にいたらウィルさんまで悪く言われてしまいますけど、アデル様のような方なら、そんなこともないですし!」
     ウィルは数度瞬いて、ソフィアを見た。
    「……俺が悪く言われる? 別に構わないだろ、そんなの」
    「構います! 嫌です! 私は何を言われたって構いませんけど、ウィルさんが言われるのは絶対嫌です! だから、本当はもっと早く城を出るべきだったのに!」
     話しているうちに興奮してきたのか、ソフィアが強い語調でまくしたてる。
     ウィルは何だか笑ってしまった。
     ソフィアが考えていたことは、ウィルが想いを告げずにいた理由とどこか似ていたからだ。お互いがお互いを思いやるが故に一歩引いていた。
     それが、何だかおかしい。
     ウィルはソフィアの右手を取った。ソフィアの頬が再び朱に染まる。
     ここまで来ても、ウィルから想いを告げることは出来ない。ソフィアの想いに対しての返答も、難しい。言葉にしてしまうのは簡単だが、それに付随するものをソフィアに背負わせてしまっていいのか、まだ迷いがある。
     でもこれ卑怯だし、格好はつかないよな、と苦笑を浮かべながらウィルはソフィアを穏やかな声音で呼んだ。
    「……ソフィア」
    「は、はい」
     ソフィアはそわそわとしだすが、その薄紫の瞳が逸らされることはない。ウィルはソフィアの瞳を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。

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