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    記憶のうた 後日譚:EVER AFTER  〜Beginning Place(6)〜

     自分の身に何が起こったのか。理解は出来ているだろうが、思考がまったく追いついていないらしい。ソフィアは呆然とした表情で、指輪を見つめている。
    「こ、れは……」
     そう呟いたのも、恐らく無意識なのだろう。その声音はどこか上の空だ。
    「……調子は?」
     魔力の暴走が一時的に弱まっていたとはいえ、可視化した魔力の渦に無理矢理足を踏み入れたせいで、ウィルは全身に疲労を感じていた。しかし、まだきちんと確認しなければ安心など出来ない。そう思って尋ねれば、ソフィアが我に返ったように顔を上げた。
    「ちょ、調子……ですか?」
    「そう。魔力の暴走。……大丈夫そうか?」
     ウィルの再度の問いかけに、ソフィアは数度瞬いたあと、こくこくと頷いた。
    「は、はい。……収まってます。完全に」
     その答えに、ウィルは全身で安堵の息をつく。そうやって、気を抜いたのが悪かったのだろう。全身を襲う倦怠感に抗えなくなり、ウィルはその場に座り込んだ。
    「ひゃぁっ……!」
     その動きに、ウィルに右の手首を掴まれたままだったソフィアが引きずられた。がくりと地面に膝をつく。ソフィアは何かを聞きたそうに口を開いたが、困ったように視線を泳がせて、結局何も言わなかった。困惑しすぎて言葉が出ないのだろう。ウィルは小さく笑みを浮かべる。
    「……何とか成功、かな」
     そう呟きつつソフィアの右手首を開放すると、ソフィアは改めてまじまじと自分の中指にはめられた指輪を見つめた。
    「ウィルさん。……これ……この古代術……」
    「古代術ってか呪術だけどな」
     ウィルは苦笑を零した。ふと左手を伸ばしてソフィアの手を取り、指輪を親指でなぞった。
    「……指輪の材料はリュカが見つけた希少金属のアダマンチウム。呪文はティアの知り合いの金属加工の職人に彫ってもらった。もう見えないけど、指輪の内側の術は指輪所持者の魔力を延々と食らうようなやつ」
     そして、外側にはウィルの名前が刻まれている。血と名を用いることで、魔力のないウィルにも術の発動が可能になるのだ。その代償として、ウィルの命で縛ることとなるため、ウィルの意思やウィルが死亡しなければ指輪に込められた呪術の効力は続くはずである。
    「暴走するほど魔力を持て余してるなら、それをどうにか拡散させるしかないからな。……こんな方法しか思いつかなかった。……結局、呪われた状態に逆戻りだな」
     呪いの指輪で記憶を封じられていたソフィアとこの場所で出会って、旅が始まった。真実は違ったわけだが、それでもこの場所でソフィアが旅を始めた時と似たような状態に戻ってしまったことを思えば、どうしても苦笑を禁じえない。
    「そんなの……! これ、こんな術……私、知りません……。ウィルさん、これ、どこで……」
    「俺が作った。……だいぶ時間かかったけどな。……魔術は、使えると思うけど……あんま強力なの使うなよ。どこまで堪えられるのか正直見当つかねーし」
    「ウィル、さん……」
     ぽつりと呟いたソフィアがはっと息を呑んだ。その視線が、ウィルの左の頬を捕らえる。そう言えば、さっき怪我したっけなとようやく思い出した。血は変わらずに流れているが痛みがあまりないせいで、忘れ去っていた。
     術を使用するのに血で呪文をなぞる必要があったから、怪我をしたことも好都合だとしか思わなかったし。
    「ごめん、なさい……」
     どれだけ魔力の暴走の痛みに襲われようとも、どれだけ泣きそうになっても決して溢れることのなかった涙が、ソフィアの薄紫の瞳からぽろぽろと零れる。
     ウィルは困ったように眉をしかめた。
     相変わらず、泣かれるのは苦手なのだ。どうしたらいいのか分からなくなるから。
    「ごめんなさい、ごめんなさい……」
     謝りながら、ソフィアは指輪の嵌った手をウィルへと伸ばす。そうして頬に触れると、呪文を紡いだ。
    「癒しの光よ、ここに来たれ。その聖なる祝福を彼の者に与えよ……ヒーリング」
     柔らかな癒しの光が発動し、ウィルの頬に添えられた手が熱を持つ。頬にあった傷は瞬く間に完治した。
    「……大丈夫そうか?」
     主語もなく尋ねたが、その真意はきちんとソフィアに伝わっていたらしい。ソフィアはこくんと頷いた。
    「だいじょうぶ、です……」
    「そっか」
    「良かったです……ちゃんと、使えて。……ウィルさん、ごめんなさい……」
     そう言って肩を震わせるソフィアの涙が止まる気配はない。
    「……ソフィア」
     そっと呼ぶと、ソフィアはびくりと肩を震わせると、涙を拭ってウィルを見つめた。そのまっすぐな眼差しは、ウィルに何を言われることも覚悟している、そんな瞳だ。
     ウィルはまた苦笑を浮かべると、小さく息を吸う。そして。
    「ったく、お前はいつまでぐじぐじとしけた面してんだ! せっかく魔力の暴走が収まったんだから、もっと喜ぶとか嬉しがるとかしやがれ!」
     そう吐き捨てて右手を伸ばしてソフィアの額を人差し指で弾く。
    「はうあっ!」
     ソフィアが奇声を上げて額を押さえる。
    「で、でも……! 私、またあなたを殺しかけたんですよ……!?」
    「いくらなんでもこんな頬の傷で死ぬか、アホ!」
    「そんなの結果論じゃないですか! 本当に危険だったんですよ? 巻き込みたくなかったのに、こんな魔力が暴走する直前までこの国にいて……ウィルさんに迷惑かけて……」
    「ふっざけんなっての! 俺が迷惑だとか言ったか!? 俺が勝手にやって勝手に巻き込まれただけだ! 俺は自分がしたいことをしただけなんだから、そんなことまで気にしてぐじぐじされても逆にうっとおしいわ! お前はいつもみたいにふにゃふにゃ笑って、助かったこと喜んでりゃいいんだよっ!」
     半ば怒りに任せてのその言葉に、ソフィアはぽかんとした後、柔らかく目を細めた。
     そして、彼女がふいに零した言葉は。ウィルを驚愕させる威力を持つ言葉だった。
    「……すき、です」

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