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    記憶のうた 後日譚:EVER AFTER  〜Beginning Place(3)〜

     ティアから送られてきた小箱を乱暴に開封して、中身を上着のポケットにねじ込み。
     ウィルは鳴り続ける携帯電話を耳に押し当てたまま、険しい表情でソフィアの部屋へと向かう。扉の横にあるインターフォンを押したが、応答はない。
     ウィルが迷いを見せたのは、ほんの一瞬だった。
     マスターキーを取り出すと、ソフィアの部屋のロックを解除する。この城の警備システムの最高責任者であるウィルは、常にマスターキーを携帯しているのだ。小さな電子音とともにロックが解除された音が響いた。
     勝手に部屋に入る罪悪感がないわけではなかったが、それ以上に不安が勝った。
     先程から、嫌な予感が消えないのだ。
     取られることのない携帯電話が、その不安に拍車をかける。
     ほぼ無音で開いた扉を潜ったウィルを迎えたのは誰もいない空虚な部屋と、白い煙を燻らせた小さな電子オルゴール。そして、テーブルの上でウィルからの着信を受けて鳴り続けるソフィアの携帯電話だけだった。
     それを目に留めたウィルの顔がさっと色を失う。
    「魔力の……暴走」
     無意識に口から零れた自分の声に、呆然としかけたウィルははっと我に返った。
     普通に考えて、オルゴールを落としてもこんな風に壊れるとは思えない。それに、ただ単に壊しただけなら、ソフィアは正直に謝ってくるだろう。少なくとも、このように放置したままいなくなることはないはずだ。
     そんなソフィアが何も言わずに姿を消したらしいこと、そして内部から壊れたオルゴールを目にすれば、結論はひとつしかない。  魔力の暴走が始まったのだ。ならば、ウィルがすべきことはここで呆けていることではない。呆然としても、事態は悪い方向に転がるばかりだ。
     小さく舌打ちをすると、鳴らし続けたままだった携帯を切ったウィルは各部屋に備え付けてあるパソコンに駆け寄り、起動させた。
     素早い操作で、画面に防犯カメラの映像を映し出す。
     もし、本当に魔力の暴走が始まったのなら、ソフィアがどういう行動に出るのか。焦燥感を抑えて、ウィルは素早く画面に視線を走らせる。
    「……! 見つけた! 時間は……三十分前!」
     あまり大きくない画面に映し出された映像の中からソフィアの姿を見つけ出し、ウィルは思わず叫んでいた。映像の中のソフィアは町の外に出た後、一度足を止め左右を見回してから、ある方向へと駆けて行った。
     その方向にあるものに気付いたウィルは、一瞬目を細めた。そこはあの旅の始まりの場所であり、終わりの場所だ。
     その場所に一人で向かったソフィアが何を考えているのか。ウィルには簡単に想像がついた。
     伊達に半年以上、傍にいたわけではないのだ。
     魔力の暴走が本格的に始まる前に、彼女は人気のない場所に移動するつもりなのだ。誰にも迷惑をかけない場所で、一人で最期の時を迎えるために。
    「……っざけんな!」
     小さく吐き捨て、ウィルはソフィアの部屋を飛び出した。そのまま、全速力で城の中を駆ける。
     驚いた表情をした臣下とすれ違ったような気もしたが、今は正直言って形振りに構っているような余裕はない。
     走りながら、上着のポケットに触れる。指先に感じる固い感触に、ウィルは唇を強く噛み締めつつ、小さく呟く。
    「……間に合ってくれ……!」
     強く、願いながら。ウィルは城の一角にあるエアーバイクの駐輪場へと駆け込んだのだった。

     風除けのゴーグルだけはきっちりと装着して、ウィルはエアーバイクで森の中を駆け抜ける。
     うっそうと木々が生い茂る森の中をエアーバイクで抜けるのはかなり久々だったが、ウィルは障害物をものともせずにまっすぐに進み続けた。
     どくどくと耳の奥で心臓の音が鳴っていて、うるさい。
     手に汗が滲んでいるのに体温がいつもより低いように感じるのは、防寒着も着ずにエアーバイクに乗って体温を奪われたせいか。それとも。
     不安を押し流すかのようにエアーバイクを操りながら。ウィルはぐっと唇を噛み締める。
     ソフィアがこの森に入ったことは間違いない。
     けれど、それ以上の足取りを負うことは出来なかった。この森の中には防犯カメラも何もないのだから、当たり前だ。
     だが、ウィルは迷いもせずに、ただまっすぐにエアーバイクを走らせる。
     根拠も何もない。ただ、確信だけがあった。ソフィアはこの先にいるのだと。
     この森は――あの場所は、特別な場所だから。きっとソフィアはあの場所にいるはずだ。
     不思議な確信とともに森の中を進んでいたウィルは、目の前の光景に急ブレーキをかけて止まると、目の前の光景に息を呑んだ。
     この森の奥には『魔力の吹き溜まり』と呼ばれる、魔力が宿る場所がある。強い魔力の影響かそこだけは森の中にありながら、一本の木も生えていない。
     そんな開けた場所に、ソフィアはいた。
     両手で身体を抱きかかえるようにして、身を縮こまらせて。必死に何かを耐えているようなソフィアの周囲には、可視化した魔力が渦巻いている。その渦から、時折放電するかのような音と光が走った。
     ふと、顔を上げたソフィアとウィルの視線が交わった。
     魔力の放出音があまりに激しくて、小さな音はウィルの耳には届かない。けれど、分かった。
     泣きそうな顔で、それでも何故だかふわりと笑ったソフィアの唇が、自分の名前を紡いだのが。
     ウィルは、思わず声を張り上げる。
    「――……ソフィア!!」 

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