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    記憶のうた 第八章:彼女の選択(2)


    「ユートちゃん……」
     珍しく真剣な表情で詠唱を続けるユートを見上げて、リアはぽちをぎゅっと抱きしめた。
     頑張れ、何て言えなかった。ユートが頑張っているのは言うまでもなく分かっている。それに、何も出来ていない自分が頑張れ、なんて無責任に言えない。
     一歩下がったこの場所で、ただ皆を見守っているだけだ。リアが精霊召喚を使えなくなった、あの時と同じように。
     自分の無力さをかみ締めているだけ。
     けれど、それはウィルも多分同じなのだろうと思う。
     リアはぽちの頭に顔を埋めて、斜め前に立つウィルの背を見つめた。戦う力を持たないウィルとリアは一歩引いたこの場所で、状況を見守るしかない。必死に時間を稼ぎ続けるティアとリュカの姿を。呪文を唱え続けるユートの様子を。
     ウィルの握り締められた右手は、力を込めすぎて色を失っている。そのことに、この人は気付いているのだろうか。
     その拳が、彼の悔しさを表しているような気がして、リアは顔を上げて、ウィルの横顔を見た。
     だが、その瞳はまだ光を失っていない。冷静さを灯したその瞳は、じっと前を見据えたままだ。
     本当は、この中の誰よりもソフィアを心配しているはずなのに。
    「……きっついな。もし、ソフィアが攻撃に加わったら……」
     小さく呟かれたウィルの言葉は、リアの耳にしっかりと届く。どこまでも現実を見据えた言葉に、リアは泣きそうになる。
     もし、本当に仲間の命が危うくなれば。ウィルはソフィアの奪還よりも、仲間の命を優先するのだろうと、リアも気付いている。
     ウィルは機械大国・ガジェストールの未来の一端を担う存在なのだ。こんな場所で命を失うことは許されないし、ソフィアを救うために仲間が命を落とすことをソフィアは望まない。それを知っているから、ウィルが最後の最後で選ぶだろう選択も分かっている。
     それでも、諦めて欲しくないだなんて過ぎた願いなのだろうか。
    「ああっ! しっつこいわね! 魔族も何してるのか分からないけど……攻撃魔術じゃなさそうね……」
     シャノンの呟きに、ウィルが微かに目を細めた。
    「なら、もういいわ! ソフィアさん!」
    「……はい」
     呼ばれたソフィアは、感情のない瞳をシャノンに向ける。
    「手加減無用よ。この場であなたの罪の全てを償いなさい」
    「……はい」
     こくりと頷くソフィアの姿に、ウィルが強く唇を噛んだのが見えて、リアは息を呑んだ。
     ソフィアの唇が、古代の言葉を紡ぐ。意味は分からないけれどどこか聞き覚えのある旋律に、きっと昨日の光の術だとリアは思った。
     あれに襲われたら、ひとたまりもない。昨日はユートの魔力障壁があったから何とかなったが、今はそれも望めないのだ。ウィルの銃に込められた魔術では太刀打ち出来ないに違いない。
     ウィルが一度だけ目を閉じた。その様子に、リアの心が焦る。もう、後がないと、彼が決意したのが分かった。
     待って、まだ諦めないで、と言いたい。
     姉にそっくりな雰囲気のソフィアを助けたくて同行を申し出た旅だが、ウィルとソフィアの関係が気になっていたのだって嘘じゃない。むしろ、二人が一緒にいる時の柔らかな空気が好きだった。ソフィアだけじゃなく、ウィルにも、リュカにも、ティアにも、ユートにも幸せになって欲しいと、笑顔でいて欲しいと願っていた。
     この旅で出会えた大切な彼らの幸せを願ってやまないのに。
     それでも、何も言えないのは、自分が無力だと知っているからだ。
    「……むう」
     腕の中のぽちがぽすぽすと励ますようにリアの腕を叩く。
    「……ぽち」
     瞬間、頭の中に響いたのは、懐かしい声だった。
     ――……リア、大丈夫よ。あなたなら。あなたには立ち向かう強さがあるから。
     それは、ぽちを受け取った時の姉の言葉で。ぽちの向こうに、優しく微笑む姉の姿が見えた気がした。
    「お姉ちゃん……」
     制御できない力は怖いけれど、怖いと俯いていたら何も出来ない。目の前の大切な人達を守るくらいの力なら、リアにもあるはずだった。
     そう在りたくて、召喚士になると決めたのだ。だから。
     リアは瞳に力を込めて、顔を上げる。そして今まさに、エアリアルからの撤退を口にしようとしているウィルに、手を伸ばした。

     一度だけ目を閉じ、覚悟を決めた。昨日から決めていたことなのに、覚悟を決めるのにそれくらいの時間は必要だった。
     撤退すれば、それは永久の別離だ。このような別れを望んでなどいなかったから。けれど、それは皆の命と引き換えてまでして選ぶ道ではない。
     けれど、目を開けて全員に撤退を指示しようとした瞬間。右手を強く掴まれる。反射的にそちらを見れば、目に強い決意の光を宿した召喚士の少女がいた。
    「……まだだよっ! ウィルちゃん!」
    「むう!」
     同時にリアはウィルの手を掴んでいた手を放し、前方に突き出し、目を伏せた。
    「穢れなき水の乙女よ! 母なる大地の使者よ! 万物を流浪する風の民よ! 輝ける炎の担い手よ!」
     それは、今までに聞いたことのない呪文だった。同時にリアを中心に地面に魔法陣が現れる。その数は、四つ。
    「我が呼び声に応えて、ここに来たれ! 我、召喚士の名に於いて命ず! ……出でよ!」
     リアが何をしようとしているのかは、正直分からない。
     だが、ウィルは叫んだ。彼にしては珍しく、直感に従って。
    「ティア! リュカ! こっちに下がれ!!」
     反射的にティアとリュカが、ウィルの指示に従い、ウィル達の元に戻る。
     そして、リアが閉じていた瞳をかっと見開き、精霊の召喚術を完成させた、瞬間。
    「ウンディーネ! ノーム! シルフ! サラマンダー! 在るべき方位より秩序を示し、我らを守りたまえ!」
    『神聖なる裁きを、彼の者達に与えたまえ』
     ソフィアの声とともに、光の雨が降り注いだ。

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