記憶のうた 第七章:真実の扉(9)
街の一角にある宿屋の食堂は、天使達と観光客で賑わっていた。エアリアルから積極的な宣伝は控えるよう通達されている星祭だが、それでも観光客の数は思った以上に多い。もしかしたら、金持ちが従者などを連れているのかもしれないが。
だが、食堂の奥にある席についた一同が醸し出す雰囲気は、星祭の楽しげな喧騒からは一線を画していた。
淀んでいると言っても差支えがないのではというほど暗い雰囲気を放つ一同に、店員もそそくさと料理を運ぶと立ち去ってしまった。近寄りたくもないらしい。
店員や周囲の客には悪いと思うが、あんなことがあった後に愉快にしろというのも無理な話だ。
ウィルはそんなことを考え、小さく息をついた。
予想通り、シャノン達は街の中まで追っては来なかった。下手に攻撃をして、関係のない者達の神が定めた運命を曲げることを嫌ったのだろう。
だが、街の中に逃げたところで、一時しのぎにしか過ぎないし、何も解決していない。
どうしたものかと考え込みながら、手は無意識に目の前のコーヒーカップに伸びる。
食欲はあまり感じなかったものの、食べなくては動けないからと若干無理に食事を平らげた後だった。ティアの目の前にはいつものようにいつものごとくデザートがあるのだが、その置かれているものが塩大福だったりする。ティアなりの悲しみの表現なのかもしれない。
「……それで、どうする?」
躊躇しつつ遠慮がちに口を開いたのは、ホットミルクに口をつけたリュカだった。
「どーするって……どうしようねぇ? 脱出方法の話なら普通に街出たら、あのこわ〜いおねーさん方がどっかーんって来そうだよねぇ」
「そうだな。……街を出る、という話なら、観光客が一番出国する日に人ごみに紛れて脱出するしかないのだろうが……」
ユートがこの辺りの地酒に口をつければ、ティアが塩大福に手を伸ばす。
「……でも、このままじゃ……ソフィアちゃんが……」
リアが泣きそうになりながら、それを誤魔化すようにホットレモネードをぐいっと飲んだ。
全員、特に喉が渇いているわけでも、空腹を感じてるわけでもない。何かしてないと、落ち着かないのだろう。
「……ソフィアが受けた罰って、記憶と翼の封印と地上への追放、だよね? 何で記憶まで封じたんだろう?」
リュカがぽつりと呟いたのは、ティアが塩大福を飲み込んだ後のことだった。
ウィルは、コーヒーカップをテーブルに置くと、一度だけ息をつく。
「……この国は、鎖国状態だ。情報を漏らされたら困るってのもあるだろうが……」
そこで、一度言葉を切った。
「この刑罰は、追放した後の方が重要なんだろうな」
その言葉に、ティアが小さく首を傾げた。
「……どういうことだ?」
その問いに、ウィルは微かに考え込むようなな動作をしてから、ユートに視線を向けた。
「ユート。天使と人間の違いは何だ?」
ユートがへらりと笑みを浮かべた。
「ん〜? 基本的にはあんまり違いはないよ? 天使ってのは、簡単に言えば人の身じゃ扱いきれないほどの魔力を持った人間のことだから」
リュカがぱちくりと瞬いた。
「ええ? でも、天使には翼が生えてるし。それに確か長命だって……」
「あ〜。うん。長生き、長生き。超長生き。天使や魔族はね〜、御大達の……ざっと五倍くらい?」
瞳が潤んだままのリアがきょとんと首を傾げた。
「……んーと。じゃあ、ソフィアちゃんって、何歳? ユートちゃんも実はものすごく年上?」
「ん〜。お姫はたぶん〜八十年くらいは生きてるんでない? 俺様はね〜……百三十……?」
その言葉に、一同は黙り込む。
「……これからユートちゃんのことおじいちゃんって呼んだほうがいいのかなぁ?」
「っつーか、大人げねぇじーさんだな」
「道理で、胡散臭いと思ったよ! 年のせいだ、絶対!」
「……凄い若作りなんだな」
それぞれの反応にユートは不満げに唇を尖らせた。百を過ぎたとか関係なく、いい年をした男のやる動作ではない。
「……ちなみに、そのすんごい魔力を主に肉体強化に昇華させたのが魔族ね。地底って環境めちゃ厳しいから。んで、本題って何だっけ?」
「だーかーら! 人と天使の違い! 翼の有無って大きな違いがあるじゃん!」
リュカの言葉に、ユートは何でもないことのように言う。
「だってあれ、生えてるんじゃないし。古代から伝わる道具が身体に埋め込まれてるようなもんなんだよね〜。それが目に見える形で翼として発現するワケ。何だっけ……『フリューゲル』?」
リア、リュカ、ティアが驚きを示す中、ウィルはなるほどなと小さく呟いて、頷いた。
「その『フリューゲル』の効果は、魔力のコントロールと長命、か。……大きすぎる魔力で、成長速度を調整してるってとこか?」
「あったり〜。魔族も似たような術で、成長速度を遅らせてるんだよねぇ。だからお姫も生きてる年数は人間のおばあちゃん並みでも、身体の年齢は見た目どおりぐらいだったり。よかったねぇ、御大」
にやにやと振ってくるユートを、ウィルはぎっと睨み付ける。
「何でそこで俺に振るんだよっ!」
「またまた〜」
「……それで、さっきの追放した後の方が重要という話と何の関係があるんだ?」
悪乗りしそうなユートを遮ってのティアの言葉に、ウィルはひとつ、息をつく。
「翼を奪うんじゃなくって、封印ってのが気にかかってたんだよ。……ソフィアは確かに、魔力のコントロールが出来なかった。けど、人では扱えないほどの魔力を天使達が持ってるんだったら、あの程度で済んでるのは、おかしい。……何の押さえもないんだ。暴発してもおかしくないんじゃないか?」
「そうだねぇ。……翼がなくなってすぐに暴発するってことはないだろうけど。魔力は精神と肉体を蝕んでいくだろうから……早ければ数ヶ月で自爆だねぇ。魔術なんか使ったらその瞬間アウトだろうねぇ」
曖昧な笑みを浮かべたまま、さらりと深刻なことを告げるユートに、リアとリュカの顔色が青くなった。
「ええっ!? やばいよぉ! ソフィアちゃんが危ない!」
「だ、だよね! ……あれ? でも、ソフィア魔術使えてたよね? 翼がない状態で」
「暴走はしてたけどな。……それが、奪わない理由。翼を封じてたっていっても、その効果が必要最低限まで絞られてたんだと思う。最低限の魔力のコントロールはされてたんだ。……て、ことは普通に考えれば……」
ティアがしばし考え込んだ後、ウィルを見据える。
「……封じられた状態でも、長命の効果もあった可能性があるな?」
ウィルは小さく頷き、目を伏せた。
「シャノン達が二十年後の星祭なんてえらい悠長なこと言ってたから、たぶん効果はあったんだと思う。……みんなが普通に年をとっていく中で、一人だけ年をとらない。記憶がないから自分だけが変わらない理由も分からない。そして、異端視される。……そうして精神的に追い詰め、神への反抗心を挫く。これがこの国の最重罰なんだよ」