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    記憶のうた 第七章:真実の扉(7)


    「……余計なもの?」
     シャノンの言葉に眉をしかめ呟くティアには目もくれず、シャノンは小さく何事かを呟く。
     声が小さすぎて何を言っているのかは分からないが、唇の動きから恐らく古代術だとウィルは判断した。身構えるウィルの後ろで、ソフィアがびくりと身体を震わせる。
    「あ……指輪、が……」
     ソフィアのその呟きに振り返れば、決して外れることのなかったソフィアの右手中指にはめられた指輪。それがするりと抜け落ち、地面に転がった。
    「う、く……。ああっ!」
    「ソフィア!?」
     小さく呻き、頭を抱えたソフィアの背に淡く輝く翼が生え、羽ばたく。ふわりと宙に浮いたソフィアは、シャノン達と同じくらいの高さまで舞い上がった。
    「あ、ああ……。そう……そうです。私……思い、出した……」
     頭を抱えたまま、どこか熱に浮かされたように、ソフィアは呟いた。
    「私……。地上に降りて……。死ぬ運命だった子供を二人……助けた……。神様が、定めた運命を、変えた……」
     その言葉に、ウィル達は息を呑んだ。
     先程ステラやサイラスが語ったとおり、神の定めた運命を曲げることが罪なのならば。確かに、ソフィアのしたことは罪なのだろう。しかも、この国では最重罰を受けるほどの。
     けれど、それは。
    「お、おかしいよ! 何だよ、それっ!」
     リュカが戸惑いも露わに、叫ぶ。その隣でリアとぽちが頷いた。
    「そうだよっ! 意味わっかんない! 人を助けて、何が悪いのっ!? ソフィアちゃんのしたことの、どこが罪なのっ!? 目の前で死にそうな人を助けない方が正しいの!? あたし……分かんないよっ!」
    「むぅぅ!」
     そんなリアの肩にティアはそっと手を置いて、静かに頷く。
    「……分からなくていいと思う。私にも、理解しがたい」
    「そうだな。……俺も正直、訳分からねーし。そんな理由でソフィアが重罪人ね。……馬鹿馬鹿しい」
     ウィルは、冷ややかに吐き捨てた。
    「それが神の意思ってヤツか? ……ふざけんなっ!」
    「言っても無駄だよ、御大」
     ぽつりとユートが言った。その声の調子は、いつもの軽薄さも曖昧さもなかった。その口元には苦い笑みが浮いている。
    「天使ってそういう存在だからね。超神様第一主義。神が決めたことなら何でも従って、変化を拒む。……んで、例外は徹底的に排除して、神に逆らう者には物凄く冷酷になれる。そういう存在なんだよ。昔っから、ね」
    「……嫌な言い方するわね。でも、そんなに詳しいのはさすが、なのかしら」
     不快感も露わに、シャノンがユートを睨み付ける。その視線に混じった嫌悪の色に、ウィルは眉をひそめた。
     シャノンは苛立ちも不快感も隠さないまま、納得したように頷く。
    「そうよね。あんたのご先祖様は遥か昔、神に逆らって地底に堕ちたんですものね? 人間とは違う魔力なのに、気配が胡散臭くて嘘くさいんですもの。すぐに分かったわ。……それにしても、この国に足を踏み入れるなんて、恥知らずの無神経も甚だしいんじゃないの!? 魔族! ここはあんたみたいな汚らわしい奴が軽々しく入っていい土地じゃないのよ!」
    「わー。すごい言われよう。俺様傷つくわ〜」
     シャノンの言葉に、ユートは先程の真剣さを綺麗に拭い去り、いつものようにへらりと笑う。
     魔族。フューズランド四大国のひとつ地底国グランボトムの住人と言われている種族。神話において神に反した者達が堕ちて出来たといわれる国。
     ウィルはひとつ頷いた。シャノンの偏った気がしなくもない判断基準はともかく、どこか得体の知れないユートの正体が魔族だというのは、納得だ。
    「……どおりで」
    「あれ? 驚きが少なくない? ってか納得してない? 一応衝撃的な俺様の真実、大暴露なんだけど?」
     その言葉に、ティアが生真面目な表情でこくんと頷く。その視線はシャノン達を注視したままだ。
    「そうだな。まさか、魔族とはな。驚いた」
     ティアの表情からは、そうは見えない。ユートが不満げに口を尖らせる。
    「じゃあさー。もうちょっとこう劇的ドラマチックな展開にしようよ〜。何で黙ってたんだ、馬鹿野郎! みたいな〜」
     そのやり取りに額に青筋をたてるウィルの横で、リュカがユートに突っ込んだ。
    「今、そんな場合じゃないよね!? むしろ、ソフィアが天使だとか子供助けたら罪だとかの方が驚きだし! ユートって胡散臭いし、魔族で納得だよ!」
    「ちぇ〜。坊やのいけず〜。……ってか、結構言うねぇ」
    「……っお前ら、もう黙れ!」
     緊張感のないやりとりを黙殺していたウィルだったが、つい声を上げてしまう。
     ウィル達の間の抜けた会話に、ステラが怒りの声を上げた。
    「……いい加減になさい! 私たちを馬鹿にしているのですか!?」
     こればかりは、ステラの言い分のほうが正しいかもしれない。
    「魔族! そして、それに組する者たちよ!」
     サイラスの言葉に、ティアがぽつりと呟いた。
    「……ユートに組した覚えはないんだが」
    「姐さん、いけず〜。俺様拗ねちゃう」
     相変わらず真剣さの欠片もないユートを、ステラが憎々しげに睨み付ける。サイラスはすっと目を細め、言葉を続けた。
    「我々の法に、基本的に死刑はありません。……けれど、例外はある。魔族がこの聖なる土地に侵入したこと、それを幇助したこと。……そして、先程からの神を侮辱するような言動の数々……。どれも、死罪を適用せざるをえない、重罪です」
     その言葉に、ウィルは表情を変えた。全員が、身構える。その様子を見て、シャノンが薄く微笑んだ。
    「その罪は明白ね。私をはじめ、ステラもサイラスも確認してる。いわゆる現行犯ってやつね。……我、シャノンの名において、汝らに死刑を言い渡す。……そして」
     そこで、シャノンは視線をソフィアに移した。
    「その刑の執行者はソフィアさん、あなたよ。……あなたへの恩赦の条件は、彼らへの刑の執行だから」

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