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    記憶のうた 第七章:真実の扉(6)


     ソフィアを庇うようにして振り返ったウィルの視線の先には、背に翼を持つ女が二人に男が一人。計三人の天使が立っていた。その中の一人、真ん中に立つ女性がリーダー格で、先程の発言をしたらしい。灰色の髪を短く切りそろえたなかなかの美人だが、鋭い目つきと雰囲気が彼女を近寄りがたいものにしている。
     その女性に、ウィルは不敵に笑んで見せた。
    「そりゃご苦労さんって言ってやりたいとこだが、休日返上してまでの仕事が人様のデート付け回すことかよ? 随分野暮な仕事だな?」
     もちろん、挑発だ。だが、ウィルの言葉に動揺したのは、前方の女性ではなかった。
    「で、でーとっ!?」
     あわあわとした声を上げるソフィアに、お前がうろたえてどうする、という突っ込みが喉元まででかかったが、ウィルは何とかそれを飲み込んだ。
    「しょうがないでしょ? 私だって覗きたくて覗いてんじゃないわよ! それから、後ろの四人組! 見てんのバレバレだから出てきたら?」
     女性の言葉に、ウィルは心の中で舌打ちをした。
     そこまでバレているとは思わなかった。物影に潜んでいたリア・ユート組とティア・リュカ組がそれぞれ顔を出した。
    「やっほ〜。おんたーい。俺様たちの尾行バレてたみた〜い。作戦しっぱーい」
     ユートがそう言ってぶんぶんと手を振る。あまりに緊張感のない様子に、ウィルは頭を抱えたくなった。このような場面でも緊張感ゼロとはある意味尊敬ものだ。
    「……そりゃ、分かるに決まってるわ。どんなに気配を消したって……」
     目の前の女性が小さく呟いたのを聞きとがめ、ウィルは目を細める。だが、それは独り言だったらしい。女性はにこりと笑みを浮かべた。
    「これで、全員よね? ああ、ようやく仕事が終わりそうだわ」
    「……あんたら、だよな? 昨日の昼から俺達を尾行してたのは」
     声を抑えたウィルの問いに、女性は笑みを深める。
    「あら、やっぱり気付いてたのね」
    「……で? あんたら、何者だ?」
    「私は、シャノン。あ、後ろの二人は私の部下よ。ステラとサイラス」
     シャノンの後ろには、緑がかった茶色の髪の女性と、生真面目そうな鉄色の髪の男性が控えている。
    「僕達に……何の用?」
     後ろからかかったリュカの問いに、シャノンは小首を傾げた。
    「あら? だって当然でしょ? 記憶と翼を封じられて……それでも、こんな短期間で戻って来た者がいるんだもの。司法局勤めの者としては放ってはおけないわ。……ねぇ? ソフィアさん?」
     その言葉に、ソフィアの手がびくりと震えたのが分かった。その反応を見たシャノンはにっこりと笑い、翼をはためかせる。ふわりと宙へと舞い上がり、ウィル達の頭上を越え、ウィルとソフィアの背のほうに回りこんだ。
     確かに、今までの状況はシャノン達にとって好ましい状態ではなかったのだろう。尾行に気付いていたとはいえ、ウィル達に挟撃された状態だったのだから。
     リア達が、ウィルとソフィアの元に走り寄って来る。ウィルはシャノン達の方に向き直ると、再度ソフィアを背後に押し込んだ。
    「反応したってことは、少しは記憶が戻ってるの? 古代術を破るなんて……さすが、天使の中でも五指に入る実力者だっただけあるわね、ソフィアさん」
     その言葉に反応したのは、リアとリュカだ。
    「ええ〜っ!? ……ってことは……」
    「ソフィアは天使なのか?」
     素直な反応に、シャノンは楽しそうに笑う。
    「ふふっ。そういうこと。その人はね、この国で、重罪を犯したの。その罰で地上に追放されたのよ。エアリアルでも重い刑罰よ、追放刑は。刑を執行したのは……サイラス、あなただったかしら」
    「はい。確かに、私が。……未だに、この方が罪を犯した理由は理解しかねますが」
    「そうよね。私にも分からないわ」
     突きつけられる現実に、ソフィアは小さく震える。
    「で、でもでもっ! ソフィアちゃんには翼がないよ?」
    「むぅ!」
     リアの言葉に頷くぽちに、シャノンは微かに眉をひそめた。
    「……しゃべったわ。変なぬいぐるみね」
    「先程、シャノン様が言ったはずです。記憶と翼を封じた、と。……翼は、天使の象徴にして、源。天使は人間よりも大きな力を持ち、長命です。それが可能なのは、翼があるからなのです。……今まで、その方は魔力のコントロールが出来ていなかったはずです」
     ステラの言葉に、ウィルははっと息を呑んだ。
    「……そういうことか」
     翼を封じられていても、その身に宿る魔力の量は変わらない。ソフィアの魔力は、翼なしで扱うには大きすぎたのだ。だから、コントロールが出来なかった。何度かコントロールが出来ていた時もあったが、それはソフィアの精神状態や集中力で、翼がない分をカバーしていたのだろう。
    「随分、厳しい刑罰だな。翼を封じるなんて天使としての存在を否定するようなものじゃねーか」
     翼が天使を象徴するものなら、それを封じるということは、天使としてのその者を否定するようなものだ。シャノンがあっさりと頷く。
    「そうね。だから、最重罰って言ったでしょ?」
    「……こいつがそんな大層な罪を犯すとは、俺には思えないんだがな?」
     敵意も明らかに睨み付ければ、シャノンが肩をすくめた。ステラとサイラスが交互に口を開く。
    「その人は、神に背いたんですよ。我らが主である神に背くべからずという、一番大切な掟を破ったんです」
    「私達は、神が定めた運命に介入してはいけないのに……その方は神の定めた運命を曲げたのです。……これ以上の大罪はありません」
     視界の隅で、ソフィアの顔が色を失ったのが分かった。ソフィアの指が、ウィルの服の端を握る。無意識なのかもしれない。その指先は、小刻みに震えている。
    「……んで、おねーさん達は何しに来たのかなぁ? ほっとけば、そのまま立ち去ったかもしれないじゃーん」
     のんびりとした口調のユートにシャノンはぴくりと眉を動かす。その反応に、ウィルは内心首を傾げた。
    「そうね。……でもね、記憶と翼を封じての追放刑はちょっと特殊なのよ。二十年に一度の星祭で戻って来た者がいたら、恩赦をあげることになってるの。だって、記憶を封じられている状態で、ここにたどり着くんですもの。よっぽど、地上で生きていくのが辛いのだろうと神は哀れんで下さるのよ」
     そう言ってから、シャノンは肩を竦める。
    「でもね、ソフィアさんの戻りが予想外に早かったのよね。早くても次の星祭……つまり、二十年後って思ってたから。だから、さすがに困って報告して……指示を仰いだの。そしたらね……」
     シャノンはすっと右手を掲げ、ソフィアに向けた。ソフィアが息を呑む。
    「正直、ソフィアさんほどの実力者をずっと地上に置くのは、こちらとしても避けたいのよ。それに、神はソフィアさんを哀れまれてね。こんなに早く戻ったっていうことは、よっぽど地上は辛かったのだろうって。けど……余計な者をつれてきてくれちゃったから……色々条件がついたけど、恩赦が認められたわ」
     そう言って、シャノンはにっこりと微笑んだ。

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