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    記憶のうた 第七章:真実の扉(3)


     地上からの観光客がまだほとんどいない現状では、翼を持たない彼らの姿は物凄く目立つ。
     元々、人目を引く容姿をした集団なのだから目立たない訳がない。それでも、もう少し観光客が増えれば彼らの姿も一観光客として埋没してしまうのだろう。
     周囲にいる天使達も興味深げに彼らのことを眺めているが、彼らはそんな視線を気にするような様子もなく、何事か騒いでいる。
    「地上の人間って煩いのねぇ。みんな、こうなのかしら……」
     そんな地上の人間にとっては不名誉な印象を抱きつつ、ちらりとそちらに視線をやった女性は、彼らを見た瞬間動きを止めた。
    「……え?」
     小さな呟きは喧騒に埋もれ、誰にも届かなかった。
    「え? ええっ!? 本当に……? 見間違い……じゃ、ない」
     零れた呟きは、無意識のものだった。何度も瞳を瞬かせて自分が見た光景が現実だと、認識させる。
    「……早いわ。絶対今回は来ないと思っていたのに……! でも、さすがだわ……」
     他人が聞いたら意味の分からない呟きを、彼女はぽつぽつと零す。
    「やはり、神は……!」
     感嘆の言葉をそこで切って、彼女は目を大きく見開いた。その視線が、ある人物の上で止まる。
     彼女自身も実物は始めて見る。しかし、この距離でも感じる異質な力の気配に間違いないと確信を抱いた。
     これは、深刻な事態だ。
    「何てこと……!」
     彼女は強張った表情でそう呟いて、踵を返した。
    「報告して、指示を仰がなければ……! ああ、もう! せっかくお祭だったのにっ!」
     言葉に怒気を込めて。女性はその場から立ち去ったのだった。

    「……つけられているぞ」
     エアリアルに辿り着いて、一週間。途中で立ち寄った甘味処で、ティアは真剣な顔で言った。
     その言葉に、ウィルはティアの目の前に置かれた物体をげんなりとした表情で見ながら、小さく呻く。
    「でけーあんみつ頬張りながら真顔で言うなっ! 緊張感がないだろうが!」
    「失礼な。ただのあんみつではないぞ。特大金魚鉢白玉クリームあんみつだ」
     ウィルの言葉に、若干むっとしながら、ティアは大真面目に返す。彼女の前には人の頭ほどの大きさの金魚鉢に白玉クリームあんみつがみっちりと詰め込まれたものが置かれている。それが、物凄い勢いで減っていくのだから、呆れるしかない。
     思考が明後日の方向に行きかけたウィルは、はっと我に返った。
     すでにボケツッコミが成立している時点で緊迫感など欠片もないということに、今更ながら気付く。
     というか、あんみつだろうがぜんざいだろうが、パフェだろうがどうでもいい。問題は。
    「さっすが、ティア! あのほとんど気配のない尾行に気付くなんて!」
     こんなところに来てまで牛乳を頼むという涙ぐましい努力を実行中のリュカが、小声でティアを褒め称える。
     確かに、大声で褒めるにはその内容が物騒すぎる。一応、その辺りの配慮は出来ているらしいが、女性への褒め言葉としておかしいという事にリュカは気付かないのだろうか。
    「……いつからだ」
     そんな事を考えながらも表情には出さず、だが声は抑えてのウィルの問いに、ユートがへらりと笑った。
    「ん〜。昨日のお昼くらいから? はっ、まさか俺様のファン!? きゃー、照れる〜」
    「……物好きな奴もいるもんだな」
     リュカも、茶化しているがユートも気付いていたらしい。そのことに、リアがぷうっと頬を膨らませる。
    「ええ〜っ!? あたし、全然分かんないよ〜。……ソフィアちゃんは?」
     その問いに、ソフィアは困ったような笑みを浮かべる。
    「えーっと、見られてるような感じはしてました」
     そう言って抹茶アイスを口に運ぶソフィアに、リアは深いため息をついた。
    「じゃあ、気付いてなかったのはあたしとウィルちゃんだけかぁ」
     勝手に決めつけ、ぽちの頭に顔を埋めるリア。まあ、事実その通りではあるのだが。
    「でも……本当に、どうするんだよ? ウィル」
     リュカが牛乳を一気に煽って首を傾げる。彼の努力が報われる日は来るのだろうか。ちなみにウィルだったら身長面で報われる日はないに一票入れる。
    「あー……どうすっかなぁ。……相手の目的にもよるんだが」
     この四人が言うのだから、尾行されていることは間違いないだろう。だが、目的は全く不明だ。ウィルは抹茶を飲みながら、眉をしかめる。
    「だーかーらー。俺様のファンでストーカー。いやーん、こわーい! 御大守ってぇ〜!」
    「気持ち悪い。寄るな、触るな。寝言は寝て言えっ!」
    「じゃあ、御大狙い? 目指せ玉の輿ー! 的な」
    「……寝足りないなら、永遠に眠らせてやろうか?」
     ひたすら茶化し続けるユートに、ウィルは冷ややかな視線を向けた。指先がホルスターに伸びる。
    「御大、その顔こっわーい! そんなんじゃモテないわよっ!」
    「何だ、その口調! どんなキャラだよ! ってか、別にモテたいとは思わねーし」
    「えっ!? ウィルってモテたくないんだ!?」
    「そうなのっ? あっ、たった一人に好きになってもらえればいいみたいないやーんっ! ウィルちゃんってば!」
     この身長のせいで男扱いされないから僕はモテてみたい! と何だか物悲しい事を力説するリュカに、よく分からない方向に妄想を飛ばし暴走し始めるリア。
     先程から全く話が進んでいない。緊張感も緊迫感も欠片も感じない。
     自分が律儀に突っ込まなければもう少しマシなのかもしれないと思い至ったが、こればかりはもう習慣と言うか反射的に切り返してしまうので、どうしようもない。
    「え、えーとっ! ……でも、このままではいけませんよねっ! ……ちょっと気持ち悪いですし」
     深いため息をつくウィルとその他の面々を見比べておろおろとしていたソフィアが口を開く。
     今までで一番現実的な言葉に、リュカとリアも現実に帰って来たようだ。
    「そうだよね。確かに、気持ち悪いかもね」
     リュカが頷き、一同は考え込む。
    「うーん。もういっそ誘き出しちゃう?」
    「むう〜」
     リアが何気なくそう言って首を傾け、賛同するようにぽちが鳴いた。

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