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    記憶のうた 第七章:真実の扉(10)


    「そんな……そんなのって……」
     そう呟いたものの、その後に言葉を続けることが出来ず、リュカは口を閉ざす。
    「あの指輪に刻まれていた封印の術も、もしかしたら二十年単位で緩まるのかもな。心が折れたところで、エアリアルに戻ってくるように仕向ける。そこで自分の存在を受け入れられたら……」
    「……恩赦を与えられ、天使に戻ることが出来れば……二度と、地上には戻りたくないと従順になる、か」
     ウィルの言葉を、ティアが苦い表情で継ぐ。
    「……そういうことだ」
     ウィルは、伏せていた目を開けて頷いた。
     基本的に死刑がないこの国での、最重罰。酷な刑だとは思うし、ウィルにはその刑の本意は理解は出来ても納得は出来ない。
     けれど、これがこの国の法であり、エアリアルはこの法によって成り立っている。この国ではこれが正しいのだ。そこに、どのような立場であってもウィルが口出しできるはずもない。
     そして、その法に則れば確かにソフィアは重罪人で、ウィル達もまた重罪人なのだろう。
    「ねぇ、恩赦って……許すってことだよね? ソフィアちゃんも、許されたんでしょ? なのに、何であんなお人形さんみたいにならなきゃならないの?」
     ぽちをぎゅっと抱きしめて、リアがレモネードをじっと見つめたまま、問いかける。固い表情から、理由は何となく分かってはいるのだろう。ただ、信じたくないのかもしれない。
    「……お姫ってさ、ああいう子じゃない? ここじゃ異端なんだよねぇ。考え方が。……だから、今回最重刑を受けることになっちゃったわけだけど」
    「性格的なもんだし、あいつ変に頑固なとこあるからな。たぶん、同じことがあったら迷わずに罪を繰り返すってシャノン達も考えたんだろ。ソフィアの力は惜しい。けど、神に簡単に逆らえる奴を置いておくわけにはいかない。……なら、心を封じればいいって考えたんだろうな。何も感じなければ、神に逆らうような行動をすることもない」
     ウィルはあえて淡々と事実だけを述べる。ティアが、珍しくそれと分かるほど眉をしかめた。
    「……まるで、操り人形だな」
     神の意思にのみ従う、操り人形。そこに、彼女の意思は全くない。
    「……あたし、そんなのやだ。ソフィアちゃんが、ここにいたいって言ったなら……お別れするのはしょうがないけど……。でも、こんなのっ……」
     そう言ってリアは今まで耐えていた涙をぼろぼろと零した。涙の雨は拭われることなく、ぽちの頭に落ちていく。
    「……うん。そうだね」
     リュカが優しく笑って、リアの頭を撫でた。
     リアの言葉に、ウィルは再び目を閉じる。逃げる直前の、ソフィアの声にならない言葉を思い出した。
     完全に封じられる前のソフィアの心がウィルに向けて放った、逃げてという言葉。たぶん、ソフィアはウィル達が傷ついてまで彼女を救うことを望みはしないだろう。
     そして、ウィルはこんな場所では死ねない。国王という一番の重責を背負うのは兄のアレクだが、ウィルにも背負うべきものはある。
     本来なら、己の心を殺してでもこの国からの脱出を優先させるべきなのだろう。
     けれど。
    「……エアリアルは閉鎖した国だ。この国の法はこの国のみでしか成立しないし、他国との間に協定がない以上、国外に脱出してしまえば、シャノン達は俺達を追う事は出来ない」
     ガジェストールでユートに告げた。自分から、ソフィアとの関係を恋愛関係に進展させるつもりはないと。
     自分の面倒な立場など嫌になるほど理解しているから、今もその考えは変わらない。この旅の間のように傍にいることが当たり前であり続けるとも思っていない。いつか別れの時は来ると、分かっていた。
     だが、こんな別れを覚悟していたのではないし、納得できるはずもない。
     ソフィアの意思の欠片もない別れなど、認められない。
     ウィルの瞼がゆっくりと開く。その翠の瞳に込められたのは、強い決意だ。その口元が不敵な笑みを浮かべる。
    「……つまり、逃げたもん勝ちってことだ」
     その言葉に、リアとリュカの顔がぱあっと輝き、ティアが小さく頷き、ユートが楽しげに口角を上げた。
    「ただ、難易度は高いぞ? まずは、ソフィアにかけられた術の解除が先決だな。じゃなきゃ、近づけそうもない」
     今のソフィアの状態を何とかしなければならない。心を取り戻したソフィアがどうするかは、彼女が決めることだ。
     その先にあるものが別れであっても、それでも。
    「古代術だから、ちーっと厳しいけど、時間かければ解けると思うよ〜?」
     はーい、と手を上げてユートがそう言う。どっちにしろ、この中でソフィアにかけられた魔術に対抗できるのは、ユートしかいないのだが。
    「じゃあ、決定だね!」
     リュカが笑みを浮かべる。
    「そうだな。やるしかないだろう」
     ティアも小さく笑みを浮かべる。リアも大きく頷いた。
    「うん! あたしもがんばる! ぽちもね!」
    「むう!」
    「……ぽちは何を頑張るんだよ」
     ウィルの至極まともな疑問を含んだ突っ込みに、リアはぷうっと頬を膨らませた。
    「あ、ウィルちゃん疑ってる! ぽちはね、凄いのよ! ……あたしのお姉ちゃんが心を込めて作ってくれた物なんだから。あたしを守ってくれるようにって。だから、あたしが強く願えば絶対助けてくれるんだから! ね、ぽち!」
    「むぅぅ!」
    「……そりゃ、頼もしいな」
     勢いよく鳴くぽちを見て、ウィルは乾いた笑いを浮かべる。精霊は万物に宿るらしいから、心の精霊というのもいて、くまのようなぬいぐるみに宿ったりもするのかもしれない。
    「ほんじゃあ、作戦開始だねぇ。お姫奪回だーいさーくせ〜ん!」
    「「おお〜!」」
    「む〜!」
     リアとリュカが同時に手を振り上げ、自分を忘れるなと言わんばかりにぽちも声を上げ、ティアが薄く笑みを浮かべる。
    「……現金な奴ら」
     先程までの暗い雰囲気がまるで嘘のように気力を取り戻した一同に、ウィルは呆れたように小さく呟きつつも、どこか安堵したような苦笑を浮かべる。
     決して口にすることはないけれど、感謝した。……一人では、ないことに。

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