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    記憶のうた 第六章:帰る場所(5)


    「母上! じゃありませんっ。帰ってくる時は連絡よこしなさいって言ったでしょう!? この馬鹿息子! 私がどれだけ心配したと思っているの? いきなり旅に出たと思ったらいきなり帰ってきて!」
    「そうですわ、ウィル。お義母様はそれは心配しておりましたのよ? それに私のことはアデル、ではなく義姉と呼んでくれなければ困りますわ」
     険しい表情の中年女性と、穏やかな笑顔の女性。表情は対照的だが確実にウィルを責める口調に、ウィルはただ謝るしかない。
    「……申し訳ありません。母上、……義姉上」
     微かに眉をしかめて謝罪を口にするウィルと二人の女性の間に、反射的にソフィアが割って入った。
    「あ、あの! ウィルさんは悪くないんです! 旅は、私が……その、ご迷惑を、ですね……」
     反射的な行為に言葉はまとまらず、ソフィアは言葉に詰まってしまう。困って慌てだすソフィアを見つめていたウィルの母親が、頬に手を当て、叫んだ。
    「……かわいいっ!」
    「ほえ?」
     わたわたと焦っていたソフィアは、何を言われたのか一瞬理解できず、間の抜けた声を上げる。その後ろで、ウィルがこめかみを押さえ、軽く息を吐いた。
    「ほえ? ですって! 本当に可愛いっ! 私、こういう娘が欲しかったのよ〜」
     口調さえ変えて呟く女性の表情はどこかうっとりとしていた。
    「え? ……あの?」
     どう対応すればいいのか分からず困惑しきった表情のソフィアに、ウィルの母親の隣に立つ女性が苦笑を浮かべた。
    「お義母様。この方、お困りになっておりますわ。……ごめんなさいね。お義母様ずっと娘が欲しかったんです。でも、この王家は見事に男性ばかりですから……ご自分が好きなタイプの女性が現れると、こんな風になってしまわれるんですわ」
     私ではお好みに合わないらしくて、と女性が微笑めば、中年女性があらそんなことないわ、と目を見開く。
    「私、アデルだって大好きよ? ただ、この子アデルとはタイプが違うから……」
     ウィルの母親の言葉に被せるように、ウィルが小声で呟く。
    「……あんまし、気にすんな。母上って時々ああなんだ」
     そうなんですか、と頷きかけたソフィアだったが、その次に発せられたウィルの母親の言葉に、気にせざるをえなくなった。
    「……そうだわ! あなた、ウィルと結婚しない!? そうすれば、晴れて私の娘じゃない!!」
    「ふ、ふえええええ!?」
     ソフィアは奇声を発して、頬を真っ赤に染める。
    「は、母上!? 初対面の人間にいきなり何言ってるんですかっ!?」
     ウィルの言葉に、若干つまらなさそうな表情をしてから、ウィルの母親は頷いた。
    「……まぁ、それもそうね」
     そしてスカートの裾をつまみ、一礼する。
    「ご挨拶もせず大変失礼を致しました。私は、クレム。クレメンテ=オルコット=ラディスラス=ガジェスト。アレクシスとウィリアムの母でございます」
     そう言って笑う姿は非常に若々しく、二十代と十九歳の息子がいるようには見えない。
    「アデレート=ジョセフィン=バートンと申します。アレクシス様の婚約者ですわ。どうぞお見知りおき下さいませ」
     アデルもそう言って、非の打ち所のない綺麗な礼をする。
    「本当にごめんなさいね〜。実は私、平民の出で。未だに礼節って苦手なんです」
     そういう問題じゃない、とつっこみたいのをウィルは我慢した。
     突っ込もうものなら、三倍になって返ってくること請け合いだ。
    「でもね、ウィルも悪いと思うんですよ? 城と城下町しか知らない子が、いきなり旅に出るだなんて……。ずっと心配していたのですよ? だから、無事に戻ったと聞いたら、嬉しくて興奮してしまって……」
     それで部屋に突入した直後に、自分好みのソフィアを見て箍が外れすぎてしまったわけだ。
    「……それは……申し訳ありませんでした」
     ばつが悪そうに頭を下げるウィルに、クレムはからりと笑う。
    「もういいです。……無事に帰って来てくれたのだし、実りのある旅だったようですもの。顔つきが変わりましたね、ウィル。……それにお友達もたくさん出来て」
     クレムはソフィア達を順々に眺めてから、柔らかな母親らしい笑みを浮かべた。
    「皆様、うちの息子がお世話になりました。愛想がなくって怒りっぽくって不器用な子だから、大変だったでしょう?でもね、ちゃんと優しいところもあるんですよ」
     興味深々な瞳を向けるリアに、クレムはにっこりと笑った。その笑顔ウィルは果てしなく嫌な予感がした。
    「この子、捨て犬とか捨て猫とか放っておけないらしくて、見つけてくると保護しちゃうんです。それで、この敷地内には犬や猫がたくさんいて専用のお部屋まであるくらいなんですよ。ね? いい子でしょう?」
     にっこりと慈愛の笑みを浮かべるクレムだが、その瞳が悪戯めいた光を宿すのを、ウィルは見逃さなかった。
     目がウィルに心配かけた罰よ、と物語っている。
     ウィルは頭を抱えて座り込みたい気分になった。
     そんなウィルを見て、ソフィアとティア以外の仲間たちは、小刻みに肩を震わせていたりする。
     ティアは、動物を大事にするのはいいことだ、と言わんばかりにうんうん頷いてウィルを見ていた。そして、ソフィアは何故か複雑そうな表情で黙り込んでいる。
    「……?」
     何故、そんな表情をするのだろう。
     ソフィアだったらお優しいんですね、とか言いながら微笑むんだとばかり思っていたのに。
     そんな疑問を打ち消すように、クレムがぽんっと手を叩いた。
    「皆様、お疲れでしょう? ウィル、お友達を客間に案内してあげて?」
    「あ、仕事の件はウィルのパソコンにメールで送っておくから〜」
     クレムとアレクシスの言葉に、ウィルははいと返事をして頭を下げた。

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