記憶のうた 第六章:帰る場所(4)
ウィルを先頭に入った執務室は、一面を本で囲まれた部屋だった。壁一面が本棚になっており、その本棚全てに本がぎっしりと詰まっている。そのせいか、広い執務室なのに妙な圧迫感がある。しかも、納まりきってない本が床に積み上げられているのだ。
色々と圧倒される部屋だった。
その部屋の中央には大きな机があり、そこには一人の男性がいた。ウィルにとてもよく似た容姿のその男性はウィルの姿を認めると、にっこりと笑った。
「お帰り、ウィル。無事で何よりだ」
男性のウィルよりも長く、緩く編まれた銀髪が揺れ、深い蒼の瞳が細められる。ウィルよりも穏やかな空気を持った男性だ。
「……お久しぶりです、兄上」
ウィルが小さく頭を下げる。
「うん、本当にね。……それから、ウィルのお友達の方達、はじめまして。ウィルの兄のアレクシス=オルコット=ラディスラス=ガジェストです。どうぞよろしく」
にっこりとソフィア達に微笑みかける。ソフィアが慌てて頭を下げた。
「え、えーとっ。お目にかかれて光栄です! ソ、ソフィアと申します!」
「リアですっ! よろしくお願いします〜」
ソフィアに倣って頭を下げるリアとリュカ。
「僕はリュカ=ソール=グレヴィと申します」
「……クレール=エディンティア=エッジワース、と」
「ユートレッドだよ〜ん」
ちょっと待て最後、と突っ込みたいのを堪え、ウィルは下げていた頭を上げる。アレクシスは満足そうに頷いた。
そして、ウィルに視線をやり、口を開く。
「帰って早々悪いんだけど……。ウィル、君に頼みがある」
「……何でしょうか?」
「うん。システムのことなんだけど……。プルーンシステムの調子が悪いって報告が来てるんだ。何人か見に行かせたんだけど、ちょっと手こずってるみたいで。ちょっと行って見て来てよ」
アレクシスの言葉に、ウィルを含めた一同全員が、何を言われたのか分からないという顔をした。
プルーン。バラ科の果樹を乾燥させた加工食品。そのシステムって何。そもそもそんなシステムを何に使うというのか。
ウィルがはっと目を見開いた。
「……兄上。もしかして、うちのメインシステムの……ブレーンシステム、のことでしょうか?」
「あ、そうそう。それそれ」
あっさり頷くアレクシスに、執務室内に冷たい空気が流れた。ウィルは脱力しそうになるのを堪えて、額に手を当てた。
「…………。あのですね、兄上。機械国の次期国王ともあろうお方が、機械音痴でどうするんですっ!? 少しは機械に関して学んで下さいと申し上げたでしょう? ブレーンシステムに関しても、マニュアルは兄上に差し上げているはずです。それを見ればある程度の対処は……」
「あー。ごめん。最初見たとき訳分からなくってその辺に置いちゃって……その本の山のどこにあるのか分からないんだよね〜」
朗らかに笑って言うことではない。
ウィルは思いっきりため息をつくが、アレクシスは気にした様子もなく、言葉を続ける。
「さらに……これは、本当に悪いんだけど……」
アレクシスが笑みを消した。真剣なその表情に、ウィルは嫌な予感を覚える。
「星祭の件で、ウィルに色々プログラム組んでもらったじゃない? ……あれ、なんか変な風にいじっちゃって……データ破損させちゃった」
ウィルの動きがびしりと固まった。こめかみの辺りがずきずきと痛い。色々と言いたいことやら複雑な感情を堪え、ウィルは息をついて顔を上げた。
「……分かりました。ブレーンシステムの件と星祭の件はお任せ下さい」
ウィルの言葉に、アレクシスは本当にすまなさそうな顔をした。
「本当に、悪いね。星祭のプログラムはアデルにも見せたんだけど……彼女にも分からなかったらしくて」
アレクシスの口から出た固有名詞にウィルは微かに苦笑し、初めて聞く名前にソフィア達はそっと顔を見合わせる。
「それは、仕方がないでしょう。彼女とはそもそも分野が違いますし、あのプログラムはかなり複雑に組みましたし」
「ああ。複雑だとは確かに言ってたなぁ。……あ、そうそう。アデルなんだけど、今城に来てるんだよ。ウィルが帰ったことは連絡してるから、そろそろ来るんじゃないかなぁ」
「そう、ですか……」
ウィルの声がほんの微かに複雑な色を帯びたことに気付いたソフィアが、視線をウィルに向ける。
その時だ。扉の向こうから、廊下を走る足音が微かに耳に届いた。次いで、扉の外に控えているだろうセバスチャンと何者かが話す声が聞こえた。微かに聞こえる声は、高い。女性の声だと推測がつく。
そして、扉が勢いよくスライドし、二つの人影が執務室に入ってきた。
「ウィリアムはここですねっ!」
「……落ち着いて下さいませ、お義母様」
勢いよく声を張り上げたのは、亜麻色の髪に深い蒼の瞳の四十代前半の女性で、それを諌めるような声をかけたのは薄い金髪に金色の瞳の、二十代前半と思われる女性だ。
「母上! アデル!」
反射的に振り返ったウィルは、驚いたように目を見開いた。