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    記憶のうた 第六章:帰る場所(12)


    「……ここって、お部屋じゃないよ!?」
    「平屋だねぇ、どう見ても。さっすがお城! スケールが違うなぁ〜。っていうか、非常識?」
     目を丸くするリアの横で、ユートがのんびりと失礼な事を言う。ウィルはそんなユートを半眼で見た。
    「非常識の塊には言われたくねぇ。……まあ、俺もこれはさすがにどうかと思うけど」
    「え? でも、ウィルが拾ってきた犬や猫、なんだろ? ……ウィルがここで飼うように手配してるんじゃないの?」
     リュカの疑問の言葉に、ウィルは御大ひどいーと唇を尖らせているユートを無視して答えた。
    「拾ってきたのは確かに俺だけどな。これ建てるよう指示したのは母上。最初は部屋で飼ってたんだが、手狭になってな。……気付いたら、ここに平屋が二棟建ってた」
    「き……気付いたら、って……」
    「この家に関しては俺、関知してなかったんだよ、本当に。……母上が暴走したら、俺じゃ止められねーし。仕事で篭ってる間にいつの間にか話が進んでたんだよな。……まあ、庭があって自由にしてやれる分、この方がいいような気もするし」
     自分で言っていて何だが、随分と非常識な話だとは思う。
     家を見つめていたティアが、ぽつりと口を開いた。
    「……これも、犬小屋と呼ぶのだろうか?」
     犬小屋と呼ぶには随分とスケールが大きい。少なくとも世間一般では庭付き平屋を犬小屋とは呼ばないはずだが。
    「……さあな」
     さすがのウィルも反応に困り微かに眉をしかめると、ユートが小さく唸る。
    「犬小屋って言うよりむしろ〜……犬御殿・猫御殿ってかんじ?」
    「あ、そうだね〜。じゃあ、犬御殿・猫御殿でけってーい!」
    「むう!」
    「ねえねえ、ウィルちゃん! どっちがわんこでどっちがにゃんこ〜?」
     楽しそうに宣言した後、きらきらとした笑顔を向けてくるリアに、ウィルはため息をつく。
    「あー……右が犬。左が猫」
    「わぁぁぁいっ! にゃーんこーーっ! ユートちゃん、行こうっ!」
     リアはユートの手を取ると、リア命名・猫御殿に突入していく。一月前よりも格段にユートに懐いているリアの様子に、ウィルは微かに目を見張った。
    「……私は、どちらかといえば猫派なのだが……リュカは?」
    「僕? 僕はティアの好きなものなら何だって大好きさ!」
    「そうか。では左だな」
     リュカの言葉をあっさりと流し、ティアはすたすたと猫御殿に歩いていってしまう。その後に、しくしく泣いているリュカが続いた。こちらは一月前の二人とまったく変わっていなかった。
     それにしても、これだけあからさまに好意をぶつけられても気付かないティアは、ある意味大物だ。
    「……天然記念物並みだな」
     ティアの鈍さを評したウィルの声が聞こえたのだろう。家を見つめたままのソフィアが、小さく首を傾げた。
    「……何か言いました?」
    「いや。……お前はどっちに行くんだ?」
     その問いに、しばしの間考え込んだソフィアは小さく微笑む。
    「どちらも好きなんですが……。そうですね、犬さんが好きです」
     それから再び首を傾げる。
    「ウィルさんは? どちらに入るんですか?」
    「俺か? ……そうだな」
     ウィルがちらりと猫御殿を見た、瞬間。
    「う、うわぁぁぁっ! ユート! 何するんだっ!? ね、猫がぁぁぁぁっ! ぐえっ!」
    「うにゃっ!? リュカちゃんがにゃんこに押しつぶされたぁ〜」
    「俺様特性にゃんこふるもっふコースでぇ〜す。どお? 坊や」
    「どお? じゃな……」
    「リュカ……可愛いぞ。すばらしい」
    「え? そ、そう? そうかな?」
     扉が閉ざされた家から漏れ聞こえた会話だけでは、中の状況を推測することは難しい。そして、わざわざ中を覗く気にもなれなかった。
     どうせくだらない状況に決まってるし、とりあえずやかましいことだけ分かれば十分だ。
     今のウィルは、喧騒ではなく安息を求めていた。そんな訳で、二者択一の片方はばっさりと捨てられた。
    「犬」
    「本当ですか? じゃあ、一緒ですね!」
     そう言って楽しそうに笑うソフィアに、ウィルは一瞬息を呑んだ。何故だか妙に緊張してしまうのは、久々に顔を合わせたせいか、それとも想いを自覚してしまったせいか。
     二人はゆっくりと犬御殿の方に歩いていく。傍らにあることが自然となっていた気配に、ウィルは我知らず息をついた。
     扉を開けた途端、人懐こい子犬二匹と成犬二匹がちぎれんばかりに尾を振って近付いてくる。
    「わぁぁっ! かわいいです〜!」
     しゃがみこんで犬の頭を撫でるソフィアを穏やかに見つめながら、ウィルは足に懐いてきた犬の頭を撫で回す。
    「やっぱり、ウィルさんによく懐いてますね〜」
     自分が撫でていた犬がウィルの方に向かってしまい、少し残念そうな顔をしながらもソフィアが微笑む。
    「まあ、一応飼い主だし? ……そういや、お前らこの一ヶ月、どうしてたんだ?」
     ウィルは子犬をひょいっと抱き上げると、ソフィアに押し付けるように渡す。ソフィアは一瞬目を見開いた後、仄かに笑う。
    「えと……お城探検とか……。アレクシス様やクレメンテ様も気にかけてくれましたし。……何回か、クレメンテ様やアデレート様と一緒にお茶したんですよ〜」
     ソフィアの言葉に、ウィルはびしっと硬直した。
    「……何でまた」
    「クレメンテ様が誘ってくれたんです。女子会しましょって」
     確かにあの母はそういったことが大好きだが。まさかそこまでソフィア達にそこまでちょっかいをかけているとは思わなかった。ウィルは思わず額に手を当てる。
    「……何やってんだ、母上……。むしろ、何言った母上……」
     何せ、あの母には仲間達にこの犬・猫御殿のことやら初恋のことやらを暴露された過去がある。何を言ったのか気にならないわけがない。
    「だ、大丈夫でしたよ? 陛下とクレメンテ様の馴れ初め話とかは聞きましたけど……」
     ウィルの懸念を正確に察したらしいソフィアが苦笑と共にそう言った。
    「あー……。母上、その話よくするんだよ……」
     ウィルも耳にたこが出来るのではないかというくらい聞かされた覚えがある。苦い顔をするウィルに、ソフィアは笑った。
    「……でも、面白かったです。とてもいいご家族で……ここが、ウィルさんの帰る場所なんだなぁって思いました」
     そう言って、ソフィアは優しく子犬を撫でる。その顔が、僅かに憂いを帯びた。
    「……ソフィア?」
    「はい?」
     呼びかければ、その表情は一瞬で消え去りいつもの様子のソフィアに戻る。
     だが、どこか様子のおかしいソフィアに、ウィルの記憶が刺激される。
     彼女の様子がおかしかった時があったのだ。――この城に来た日に。
    「……この城に来た日に、さ」
     唐突な話の展開に、ソフィアがきょとんと目を丸くするが、ウィルは構わずに話を続けた。
    「お前、母上と会った時、変な顔してなかったか?」

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