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    記憶のうた 第六章:帰る場所(11)


    「つっまんなぁ〜い! 飽ーきーたーっ」
     三時のティータイムが終わった、ガジェストール城内の客室のど真ん中で。
     リアが両手を振り上げ叫んだのは、この城に滞在するようになってから一月あまりが過ぎた頃だった。
     エアリアルの星祭までは、あと一月。正直、ウィル以外の面々にすることはない。
    「お城も探検し尽くしちゃったし〜」
    「むぅ!」
     リアの言葉にぽちが声を上げ、ユートがこくこくと頷く。
    「そうだねぇ。あと行ってない所は……御大はじめご家族の私室と〜……あ、犬部屋・猫部屋?」
     リアの顔がぱっと輝き、ユートをびしっと指差す。
    「それだよ、ユートちゃん! さっすが!」
    「あっはは〜。だよねぇ、さすが俺様!」
     リアはぽちを抱えなおすと、IDカードを首に提げ、空いている左手を振り挙げた。
    「ウィルちゃんに案内してもらおーう!」
     タブレットコンピュータで検索して自分で行く、という考えは最初からないらしい。
    「おお〜!」
     面白いこと大好きなユートもノリノリで右手を挙げ、椅子から立ち上がる。
    「えっ……あの……?」
     ティーカップを片付けていたソフィアが、戸惑いの声を上げた。
     ちなみに、ここ数週間はウィルも大変忙しいらしく、ソフィア達もまともに顔を合わせていない。朝食で顔を合わせることは稀だし、ここ二・三日は夕食の席でも顔を見ていないくらいだ。
     仕事中でもあるし、邪魔をしてはいけないだろうと、用がない時以外はウィルの所に訪問することを控えていたのだ。
     だが、あまりの暇さ加減にそんな配慮も吹き飛んでしまったらしい。人の迷惑顧みずな暴走状態になったリアは、ソフィアの躊躇いに気づくことなく扉に向かう。
    「わんこちゃ〜ん、にゃんこちゃ〜ん」
     とご機嫌に歌付きのスキップで。ユートが何故かリアの動作を真似しながら、リアの後に続く。
    「……何だ、アレ。気持ち悪いなぁ。……ティアはどうする?」
     ウィルが抜けたメンバーの中ではティアに関するあらゆる事を除けば比較的まともな感性の持ち主のリュカが、眉をしかめ呟いた後ティアに笑顔を向ける。
    「……わんこ……にゃんこ……!」
     リアの歌がティアの何かのツボを突いたらしい。何だかそわそわした様子にリュカはうん、と頷いた。
    「じゃあ、僕達も行こう!」
    「……ああ!」
     ティアがこくりと頷く。その瞳はいつもよりも楽しそうだ。
    「え……みなさん!? ウィルさんきっと忙しいですよ!?」
     ソフィアの制止も、彼らの耳には届いていない。
    「うう……ま、待って下さ〜いっ」
     結局、ソフィアも彼らの後を追って、客室を飛び出したのだった。

     目の前でにこにこと満面の笑顔を浮かべるリアを、ウィルはちらりと見てから、パソコンのディスプレイに視線を戻した。
    「……なるほど。つまり、だ」
     言いながらも、指はキーボードの上を軽やかに踊る。
    「お前らは犬や猫が見たくて、わざわざ俺の所まで来た、と」
     その声と表情は異様に淡々としていて、ウィルの様子から彼の感情を推し量ることは難しい。
     ウィルの執務室について来たはいいものの、居心地の悪い思いを抱いているらしいソフィアは、扉の近くで申し訳なさそうな顔をしている。
     そして他の面々はというと、リュカはウィルの机の上の膨大な量の資料に呆然とし、ティアは期待に満ちた目でウィルを見つめている。ユートは近くの棚の上においてある花瓶の花をつんつんと突いていた。
     リアは満面の笑顔のまま、大きく頷いた。
    「うん! 最近、ご飯の時もなかなかウィルちゃんと会えないし! わんこちゃんとにゃんこちゃんの飼い主さんはウィルちゃんでしょ? 許可取らなきゃだめかなって! だったらついでに案内してもらった方がいいじゃない!」
     無駄に力強く言うリアに、ウィルはため息をついた。
     まったく何にも考えずにウィルの元に訪れたわけでもないらしい。
     かたんとエンターキーを押し、メールを送信する。
     するとすぐに別の案件についてのメールがメールボックスに来たのを見て、ウィルは重たい息を吐いた。
     何の嫌がらせかというくらい、仕事の量が多い。いや、半分は長い時間城を空けていた自分の自業自得なのだろうけれど。
     しかし、国立の機械工学の教授の論文やらお悩み相談やら研究費用の概算やら、別に今じゃなくてもいいだろうというようなメールが重なるのは嫌がらせに違いないと思ってしまう。
     ウィルはちらりと腕時計に視線を走らせた。
     今日中の大事な案件はほぼ終わっているし、ここでちょっと長く休憩を取っても仕事に影響はないように思えた。集中力だってそう長く続くものではない。
    「……分かった」
     そう言いながらウィルは今まで作成していたデータを保存して、パソコンの電源を落とす。
     その動作にリアが顔を輝かせ、ソフィアがさらに困ったような顔をした。リュカがティアによかったね、と笑いかけそれにティアが頷き、ユートが頭の後ろで手を組んで曖昧な笑みを浮かべる。
     ウィルは立ち上がりつつ、再度息を吐いた。
     ソフィアの困り顔が、心配するものへと変わる。
    「……大丈夫ですか? お忙しいんですよね? ……それに、何だか顔色が」
     指摘されるまでもなく顔色は悪いのだろう。緊急案件で二日ほど寝てないし、今日に至ってはまともな食事は取っていない。そろそろクレムに殴りこまれそうだ。
    「……いい。休憩にする」
     そう言って、さっさと机の前から離れ、先頭に立って犬・猫部屋に向かう。
     ウィルの執務室を出て近くのエレベータに乗り、一階へ。そしてその廊下をまっすぐに進んだ先の中庭に、平屋が二棟並んでいた。
     ウィルはくるりと振り返ると、視線で前方の平屋を指し、言った。
    「ここだ」

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