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    記憶のうた 第五章:真実の行方(4)

     
    「――……雪解けの水、冷たき流れよ〜」
     緊張感は欠片もないものの、それはソフィアが紡いだのものと同じ呪文だ。
    「彼の者の頭上より、押し流せ〜! ……ほい、ストリーム」
     やはりどこか軽いノリで放たれた術により、蜘蛛の真上に水の塊が出現する。それがぱちんと割れて落下した。
     単純な威力ではソフィアに劣るものの、それは確かな攻撃力を持っていたらしい。水に濡れた蜘蛛の動きが停止し、ぱちぱちと漏電の音がする。
    「さーて、いっくよ〜。そこの坊やっ!」
    「分かってる! って言うか、誰が坊やかっ! 失礼な奴だな!!」
     背中の大剣を引き抜き、既に光気を高めていたリュカが大上段に振りかぶった。
    「ほいさ〜!」
    「覚悟っ! 蜘蛛もどきぃーーっ!!」
     ユートのやる気皆無の声と、リュカの叫びが重なった。大剣が頭の部分を潰し、光を纏った剣が蜘蛛の胴体を一刀両断にする。
     瞬間、真っ二つになった蜘蛛の胴体から火花が散ったのを見て、ウィルは叫んだ。
    「リュカ! ユート! 散れっ!!」
     二人が瞬時に飛び退くと同時に、蜘蛛が爆発を起こす。
     少しだけ惜しいような気もしたが、これは仕方がないことだろう。
    「おお〜、大・爆・発! 景気良いね〜」
    「うわ、危なかったー。ありがとう、ウィル! 助かった〜」
     息を呑んで見守っていたリアが、ぱあっと顔を輝かせる。
    「わぁぁ、やったぁぁぁ!」
    「……あの男……魔法剣士か。相当な手練だな……」
    「わはははは。いや〜、美女に言われると照れちゃうな〜、俺様」
     唸るティアに、ユートがへらりと笑う。そこに憤慨した様子のリュカが割り込んだ。
    「お前! 坊やって何だ、坊やって! 僕はリュカ! 二十一歳だ! 訂正しろっ!」
    「はっはー。俺様より年下じゃ〜ん」
    「坊や呼ばわりされるほど離れてないだろ!?」
     リュカの言葉に、ユートは意味深長な笑みを浮かべた。
    「んん? それはどうだろうね〜?」
    「……え? 何歳なんだ?」
     思わず尋ねるリュカに、ユートは笑みを意地悪そうなものへと変えた。
    「ひ・み・つ〜。……それにしてもいきなり歳を尋ねるなんて、不躾だなぁ。それじゃあモテないよ? ぼ・う・や」
    「っっっ! だからっ! 坊やって言うなーーーーっ!!!」
     リュカの魂の叫びを、ユートはあっさりと聞き流す。完全に遊ばれている。
    「……で? 結局何者なんだよ」
    「だーかーらー、ユートレッドって……」
     そう言ってウィルを見たユートの動きが止まった。
    「あれぇ? ……青年、どっかで見た顔してるなぁ……」
    「は? ……言っておくが、確実に初対面だぞ?」
    「うん、知ってる知ってる。そうじゃなくって……んー?」
     考え込んでいたユートはくっと目を見開いた。
    「あ! ガジェストールの第二王子じゃん! ウィリアムなんたらかんたらガジェスト!」
     適当なユートの爆弾発言にウィルは額を押さえ、ウィルとユート以外の一同が硬直する。しばしの沈黙に、風が流れる。
    「「「えええええええっ!?」」」
     三つの叫びが綺麗に重なった。叫びはしなかったティアも素直に驚きを表情に出している。
    「……あっれー? もしかしてトップシークレットだった? ……あー、どこに目や耳があるか分からないもんねぇ。ごっめーん、つい〜」
     悪びれた様子もなく謝罪するユートに、ウィルはため息をついた。
    「あー……まぁ、いいけど。……こんなとこまで聞き耳立てるほど仕事熱心な奴もいないだろうし」
    「わぁお! 王子ってば心ひっろーい。俺様、感激!」
    「何だ、その呼び方はっ!? 馬鹿にされてるような気がするんだが」
     ウィルとユートのやり取りを、一同は黙って見つめるままだ。
     どう反応すればいいのか分からないのだろう。無理もない。
    「いや〜、だって王子は王子だし? ……何でこんなとこいるのさ?」
     一瞬変わった声音に、ウィルは目を細めた。ユートは相変わらずへらへらと笑っている。
    「……お前には関係ないだろ」
    「はっくしゅ!」
     絶妙なタイミングだった。くしゃみをしたソフィアが、恥ずかしげに口を押さえる。ウィルは小さく舌打ちをした。
    「……おっまえ……いつまで濡れたままでいんだよ! 風邪ひくつもりか!?」
    「ふぁ……? え……?」
     まだ衝撃から抜け切れていないのか、ソフィアの反応は遅い。ウィルは背負っていたディパックからタオルを取り出した。包帯代わりに使用したり物を包んだりと何かと使い勝手の良いフェイスタオルは、常に持ち歩くものの一つだったりする。
     それをばさりとソフィアの頭に被せると、ソフィアが小さく悲鳴を上げた。
    「ウィ、ウィル……さん?」
    「何だよ」
     応じつつも、ウィルはがしがしと乱暴にソフィアの頭を拭く。今回の魔術の威力は弱かったらしく、濡れているのは頭と肩の一部分のようだ。
    「あ、の……自分のタオル、ありますよ?」
    「じゃあ、肩の濡れてるとこの水分でも拭っとけ」
    「あ、はい」
     ソフィアもショルダーバッグからタオルを取り出し、タオルを肩にあてて水分を拭う。
     こんなものかと腕を戻そうとした時、指先がソフィアの頬に触れた。その冷たさに、ウィルは思わず眉をしかめる。小さく息を吐くと、上着を脱いでソフィアに被せた。
    「わわ!? え?」
    「え? じゃねーよ。……とりあえず、着てろ。少しはマシだろ」
     ソフィアが数度瞬き、それからふわりと微笑んだ。
    「……ありがとう、ございます」
     そのやり取りに、どこか困惑していた周囲の空気がほどけていく。
    「ほっほ〜。……なーんか……王子と姫〜って感じ?」
     にやりと笑ったユートに、調子を取り戻したらしいリアの瞳がきらりと輝いた。
    「あ! ユートちゃんもそう思う〜?」
     ユートはちゃんづけで呼ばれてもそれを気にする様子もなく、むしろ面白がるような瞳でリアを見下ろした。
    「おっ!? お嬢ちゃんもそう思う〜? 気が合うねぇ」
    「そうみたいだねっ! あたし、リア! この子がぽちでぇ、あの子がソフィアちゃん! ……で、ティアちゃんにリュカちゃんだよっ! よろしくねっユートちゃん!」
    「よろしくね〜」
    「……ところで、何でユートちゃんはこんなところにいるの?」
     リアの素朴な疑問に、ウィルとティアの視線が一瞬険しさを帯びる。
     一介の冒険者がこんなところにいるわけがない。それに、あの蜘蛛との戦闘中だったとはいえ、ティアとリュカに気配を悟らせないほどの実力の持ち主である。簡単に気を許せるわけがない。
     だが、ユートも自分が怪しまれていることに気付いているはずだ。一体、どんな返答が返ってくるのか。
    「んー……単なる通りすがり?」
    「嘘付けっ!!」
     あまりにもあまりなユートの答えに、ウィルは高速で切り替えしていた。

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