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    記憶のうた 第五章:真実の行方(14)


    「たっだいまぁ〜。お薬貰って来たよぉ〜」
     静寂に満ちていた室内が、途端に騒がしくなる。ウィルはノートパソコンを閉じると、軽く眉をしかめた。
    「あー、うるせぇっ。……ソフィアが起きちまうだろっ」
    「え? あ、ごめ〜ん」
     リアはえへへ、と笑いウィルに薬の袋を渡す。ウィルはそれを受け取ると、中身を確認し、サイドテーブルに置く。リアに続いて部屋に入ってきたユートがにやにや笑いを浮かべた。
    「ただいま〜。おぉ、お姫寝てるじゃ〜ん。お姫に何かした? してない? した? 教えて教えて〜」
    「〜〜っするかっ!」
     ウィルは不機嫌そうな表情でそう言うが、その耳が微かに赤いのを、ユートは見逃さなかった。が、照れて赤いのかそれとも怒って赤いのかは微妙な線だ。
    「な〜んだ。つっまんなーい。御大の甲斐性なし〜っ」
     ウィルが無言で立ち上がり、ホルスターから銃を引き抜いて安全装置に手をかける。
    「うわ、御大顔怖い! イケメン台無し! ごめんなさい!」
     ウィルがユートに冷ややかな視線を送ると同時に、部屋の戸が開いた。
    「待たせたな。……雑炊を作ってきた」
    「みんなの分もあるよ〜」
    「わぁっ、おいしそう〜。……ソフィアちゃーん」
     リアが軽くソフィアの肩を揺らすと、ソフィアはうっすらと目を開けた。
    「ふあ……お帰りなさい、リアさん……。いい匂いがします〜」
     半日近く食事を採っていないソフィアのお腹がくう〜っとなり、ソフィアが恥ずかしそうに顔を赤くする。
    「はう〜……すみません」
    「ずっと食べていなかったからな。食欲が出たのはいいことだ」
     ティアが、大きな土鍋から器に雑炊を盛り、ソフィアに手渡す。
    「熱いから気をつけて。あと、デザートもあるからねっ!」
     リュカがにこにこと言うと、ソフィアも嬉しそうに微笑み。、スプーンを口に運ぶ。
    「あ、おいしいですっ。すごいです、ティアさん。料理上手なんですね〜」
    「おお、本当だ。これは絶品! 俺様、思わず姐さんに惚れちゃうよ?」
    「ななななな、何ーーーーっ!?」
     ティアを褒めながらも明らかにリュカをからかうために放たれた言葉に、リュカはあっさりと反応する。
    「ユートっ! それだけはっ! それだけは許さーーーんっ!!」
    「あっれ〜。坊やってば何で怒ってるのかなぁ?」
    「だーかーらーっ! 坊やって言うなぁーーーっ!!」
     そんなやりとりに、ソフィアは楽しそうに笑う。ウィルは呆れたように息をつきながら、雑炊を口に運ぶ。たしかに、出汁が効いていて、美味しい。意外に思いつつティアに視線を走らせると、それをリュカが目ざとく発見した。
    「あっ!? ウィル! 何でティアを見てるんだっ!? まさか君まで――」
    「は!? 何でそうなるっ」
    「あらやだ御大ってば浮気〜?」
    「意味わっかんねぇし!」
     微笑んでそれを見つめるソフィアの傍に、リアが近付いた。
    「ソフィアちゃん。……もう大丈夫?」
    「あ、はい。気分はだいぶいいですし、お薬を飲めばもう大丈夫です。ご心配おかけしました」
     その言葉にリアは首を横に振った。
    「ううん。……みんな、心配したけどね、一番心配してたの、ウィルちゃんだと思うよ。……ソフィアちゃんのこと、大事にしてくれてるんだねっ」
     鎌かけのつもりがないわけではないが、ウィルが一番ソフィアを気にかけていたことは事実だ。リアの言葉に、ソフィアは幾度か瞬きをした後、ほんのりと頬を染めた。
     ソフィアの反応に、リアの方が驚く。こんな反応を示すとは思わなかったのだ。
     もしかして自覚したのかも、と僅かな期待を抱いたのだが。
    「え? あれ、また熱が上がってきたんでしょうか?」
     その期待はあっさりと砕かれた。ソフィアは手で顔を扇いだりしている。
    「だ……だいじょぶ?」
     ちょっとがっくりしながらも、あまりに真っ赤なソフィアに本当に熱が上がったのかとリアが声をかけると、ソフィアはえへへと笑った。
    「はい〜。……私達、仲間ですから。……だから、ウィルさんも気にかけてくださるんですよ。優しい、方ですから」
     自分自身に言い聞かせるかのような声音に、リアは微かに眉を寄せる。
     リアの背後では、まだ間の抜けた言い争いが続いていた。

     夜空には月と星が煌々と輝いている。
     ウィルはノートパソコンの電源を切って閉じると、小さく息を吐いた。翠色の瞳が、思案するように伏せられる。
    「……どうしたもんかな」
     そう呟きつつ思い出すのは、あの魔跡でソフィアに起こった現象だ。
     ソフィアに、伝えられずにいることがある。
     今も指輪に刻まれている忘却の呪文。それが、魔跡で一時的にソフィアが記憶を取り戻していたあの時、消えていたということを。
     何故、あの時だけ呪文が消えていたのか、何故ソフィアが一時的に記憶を取り戻したのか。謎は増えるばかりだ。だが。
    「……ポイントは、天使像か」
     だが、天使像自体にはなんの問題もなかったし、内蔵されていたコンピュータも『シュピーゲル』を封印するためのもので特に問題はなかった。だとすると、天使という存在自体が何かの鍵なのではないかという気がする。
     もともとあそこは『魔力の吹き溜まり』だ。天使像を見て何らかの記憶を刺激されたソフィアが、魔力を暴走させた。その魔力が『魔力の吹き溜まり』の相乗効果で指輪の魔力を一時的に圧倒した、という仮説はたてられなくもないのだが。
     ウィルは、魔術には疎いのだ。これは本当に仮説でしかない。
     ともかく、ソフィアが天使像に反応した以上、エアリアルと天使の存在を無視するのは得策ではないのだが、現在ほぼ鎖国中で一般人にとっては伝説の存在と化しているものたちが中心にくるとなると、なかなかに厄介なことになる。
    「クラフトシェイドに向かってる場合じゃないのかもな……これは」
     いつのまにか出てきた雲に隠れる月を見上げながら。ウィルは小さく呟いた。

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