記憶のうた 第五章:真実の行方(13)
医者に行って薬を貰うという理由をつけて宿から出たリアとユートはアスタールの大通りを歩いていた。
「……どうなったかなぁ? ウィルちゃんとソフィアちゃん!」
「あはは〜。どうだろうねぇ。傍から見たらそこそこいい雰囲気に見えるのに当人達は気づいてないみたいだからなぁ。……どっちかが自覚すれば面白くなるかもねぇ」
「そうなんだよね〜」
リアとユートは頷きあう。楽しそうに笑っていたリアの表情が一瞬曇った。
「ね〜え、ユートちゃん」
「ん〜?」
ユートは相変わらずの気の抜けた声音だ。だが、リアはそれを特に気にもせず言葉を続ける。
「あたし達……ウィルちゃんと普通にしてていいんだよね?」
「いいんじゃ〜ん? 街中で変な態度で接するわけにもいかないし、御大もそれを望んでるだろうし?」
「むぅ!」
ユートの言葉とぽちの力強い声に、リアはほっと笑う。
「……だよね。みんな普通だし、あたしもいつもと同じでいたいんだけど……やっぱり、ちょっとどうしようって思って」
ユートはぽんぽんと軽くリアの頭を撫でた。
「むっ! 子供扱いしないでよっ!」
「ごめんごめん〜。……そういやさ、お嬢。そのくまのすけ、触らせてもらっていーい?」
「く、くまのすけ?」
「くまでしょ?」
ユートにそう言われて、リアは複雑な気分でぽちを見つめた。見つめ返すぽちの瞳も複雑そうだ。
そう言えばユートは今一緒にいるメンバー全員を変なあだ名で呼ぶのだと、リアは思い当たる。
「……はい」
「おっ。さんきゅ〜」
そう言ってぽちに触れたユートは軽く目を細めた。
「……へぇ」
「ユートちゃん?」
珍しく感心したような呟きにユートを見上げると、彼はいつもどおりの気の抜けた笑みを浮かべた。
「くまのすけは、何か色々特別っぽいねぇ?」
その言葉に、リアは小さく息を呑んだ。目も大きく見開かれる。
「……うん。大切な人にもらった……特別な子なの」
ユートはリアの表情の変化を問わなかった。変わりに別の言葉を口にのせる。
「大事にするといいよ〜。……きっとお嬢を助けてくれる」
「……うん」
「よーしっ! じゃあ、とっとと薬貰って御大を冷やかそ〜う!」
「あ、待ってよ! ユートちゃ〜んっ!」
調子を変えたユートの言葉に、リアはいつもどおりの明るい笑顔を浮かべた。
事情を話したら、宿屋の女将は快く厨房と材料を提供してくれた。
「……ここはやはり雑炊か」
「だねっ。食べやすいし、消化にもいいし〜。おっ、塩はっけーん!」
「……こちらは米を発見した。やはり、雑炊だな」
ティアはこくりと頷くと、手馴れた様子で料理を始めた。料理の心得があるらしく、手際よく調理を進めていく。
「リュカ、塩を取ってくれ」
「はい。あとは?」
「ではそこの卵をボールに割って、溶いておいて欲しい」
「分かった! 任せて!」
うわ、なにこの会話! まるで新婚夫婦みたい! と感激で微かに震えつつ全力で卵をかき混ぜるリュカを見て、ティアが眉をしかめた。
「……どうした、リュカ。お前まで、風邪か?」
「ち、違う違う! えーっと、料理なんて久々だから緊張したり張り切りすぎたりなんかしちゃったりでっ!」
自分で言っておきながら、この言い訳はどうなのだろうと思う。だが、ティアは小さく頷いた。
「……ならばいい」
もうちょっと突っ込んで欲しいような、これで良かったような。複雑な感情を抱えながら、リュカは口を開く。
「……それにしてもびっくりしたよね。その……ウィルのこと」
「そうだな。……さすがに予想外だ」
「うん。……これで、ウィルと条件は互角になったわけだけど……。ティア、これからどうする?」
リュカは言わなければならないと思っていたことを口にした。
ティアがウィル達と共にいるのは、ウィルがティアの過去を握っているからだ。だが、その状況はウィルの正体をこちらが知ったことで変わってしまった。公に出来ない事情を抱えるのはどちらも同じ。ティアがウィル達と行動を共にする理由はない。
「……私は……彼らを気に入っている。出来れば、このまま旅を続けたいと思う」
ティアの言葉に、リュカは小さく笑みを浮かべた。
今までの極力人との接触を避けてきたティアならば、絶対に口にしないような言葉だ。
「……そうだね。僕も同じ。みんな仲間だもんね」
「……そうだな」
瞬間、少しだけティアが微笑んだように見えた。
「さて……プリンだが、少し味付けを凝ってみようかと思う。ソフィアは……チョコ味は好きだろうか……」
「あっ! 僕、牛乳プリン!」
牛乳プリンに身長促進の効果があるかどうかは謎だが、ここまでくると涙ぐましいというより、いっそ哀れだ。
「……リュカはよく牛乳を飲むな」
「うん! もうちょっと身長欲しいからね!」
そうでないと、ティアと釣り合わないではないか。
それ以前の問題だという説もあるが、それは知らぬ顔で真横に積み上げておく。
「……そうなのか? しかし、リュカはリュカだろう? そのままでも充分だと思うんだが……」
「……え?」
決意を込めて握り締めていた拳を緩めて、リュカはティアを見る。ティアの真剣な表情があった。
「私は、リュカの良いところを知っている。そしてそれは、外見で損なわれるようなものではない」
「……うん。ありがとう」
ティアの言葉に、リュカは心からの笑みを浮かべた。ティアがはっとして視線を背ける。
「すまない。余計なことを言った。向上心を持つことはいいことだと思う」
早口にそう告げてくるティアを、リュカは眩しいものでも見るかのように見つめる。
「ううん。そんなことないよ」
ティアは、不器用で。でも優しくて。
「……プリンの味、どうしようか?」
だからこそ、こんなにも想ってしまうのだ。