記憶のうた 第五章:真実の行方(12)
目を覚まして、二人きりになって。感じたのは強い罪悪感。
ガジェストールの第二王子だというこの人を、危険な旅に連れ出して、何度も危ない目に遭わせた。自分は何ということをしてしまったんだろう。そう思って謝罪の言葉を口にしたら、何故だか反論にあっていた。
呆れたような、怒っているような声音で紡がれる言葉は、それでもどこか優しさを感じて。
ソフィアは無意識に笑顔を浮かべていた。それはとても気の抜けた笑顔だったのだろう。
「なんつー間抜け面してんだ」
「……えへへ」
それから、ソフィアは笑いを収め、背筋を伸ばした。熱が高い自覚はあるが、聞いておきたいことがある。
「……あの。ウィル、さん……?」
「今度は何だ?」
「私……ウィルさんのこと、ウィルさんって呼んで……いいんでしょうか?」
その言葉に。ウィルの表情が一瞬緊張の色を帯びたのが分かった。
「正体が分かっても、今まで一緒にいたウィルさんがウィルさんで……えーと」
頭がぼんやりとしているせいか、考えが上手くまとまらない。もっときちんと伝えたいのに。
たとえ、彼が身分の高い人であっても、この街で願った彼と対等でありたいという思いは変わらない。おこがましいかもしれないけれど、それでも――。
王子としての彼ではなく、この旅の中で知ったウィリアムという人と一緒にいたいと願うから。
「私は、まだ、ウィルさんと旅をしたいと思うから……。だから……今までどおり、ウィルさんって呼ばせて下さい」
ソフィアの言葉に、ウィルが小さく息を吐いた。
「それ……俺の許可が必要なのか?」
「えーと、どうなんでしょう? ……でも、ウィルさんを不快にさせるのも嫌ですし……」
「気ぃ回しすぎ。好きに呼べばいいだろ?」
「……よかったです」
安心して息を吐くと、ウィルの瞳がほっとしたように微かに和んだ。
「まあ、そうだな。俺も、対応変わられても困る」
軽い口調の言葉だったが、ソフィアは何となく感じ取ってしまう。
この人も、不安だったのかもしれない。正体がばれたことで、仲間だと思っていた人達に距離を置かれてしまうことが。
「……さんきゅな」
聞き取れるかどうか危うい程の小声で呟かれた感謝の言葉を、ソフィアは聞こえない振りをして微笑む。
「……で、いつまで起きてるんだ、お前は。とりあえず、寝てろ」
「そうですね」
ソフィアはもぞもぞと布団に潜り込み、視線をウィルに向ける。
「あの……私が魔跡で言ってたこと……覚えていますか?」
ウィルはベッドサイドの椅子に腰掛けつつ、首を傾げる。
「あの四ツ目の狼と戦う直前か?」
「はい。……あの時、私の記憶が……何故か、戻ったんです……」
ウィルは小さく頷く。あの時の様子から、それは分かっていたのだろう。彼の視線がちらりと右手の中指に走った。
「ああ。……で?」
「思い出したはず、なんですけど……。思い出したことも覚えてるんですけど、内容を……覚えていなくて」
言いながらソフィアは、右手を持ち上げて自分の中指にはまった指輪を見つめる。精緻に刻まれた文字は記憶忘却の呪文だ。これがあるのに、何故あの時自分は全てを思い出したのか。
あの時思い出したはずの記憶を思い返そうとしても、頭の中は霞がかったままだ。
「何だか、申し訳ないです。一度、思い出したのに……」
ソフィアは小さくため息を洩らす。だが、ウィルの反応は淡白だった。
「ふーん」
「ふーんって……」
「指輪、はまったままだからな。想定内だ」
「……ですよね」
ウィルのことだから、それくらいの結論は自分が眠っている間に辿り着いていそうだ。
「ウィルさん……。私、何て言ってましたか……?」
その問いに、ウィルは微かに眉をしかめる。
「うわ言みたいに何か呟いてたけど……全部は聞き取れなかったし、聞こえた部分だけじゃ正直訳が分からなかった。悪いな」
「いえ! ……なら、いいんです」
ソフィアは小さく息を吐いて、力なく首を横に振った。
「もう、寝ろ。顔色がよくない。……、むしろ、熱上がってんじゃないか?」
そう言って額に触れるウィルの手が冷たくて心地いい。
「ウィルさんの手……冷たいですねぇ。……気持ちいいです……」
まどろみに包まれながらも口を開くと、ウィルが苦笑した気配が伝わった。
「ばーか。お前が熱いんだっての」
それでも額から離れない手が、嬉しくて。ソフィアは仄かな微笑を浮かべたまま、再度眠りに落ちた。