記憶のうた 第五章:真実の行方(11)
「……ウィル、さん……? わた、し……」
目を開けたソフィアは困惑したように瞬きをした。
「私……どうしたんでしょうか……?」
状況が掴めないらしく、瞬きを何度も繰り返して部屋を見回し、起き上がろうと腕に力を込めた。だが、動作がどこか覚束ない。ウィルは小さく息を吐いて、背に手を沿え、起き上がるのを手伝う。
「あ……ありがとう、ございます……」
長時間眠り続けていたため、口の中が乾ききっているのだろう。声が掠れてしまっている。
「声、ひでぇな。……ほい、水。飲んだらすぐに寝ろよ。お前、魔跡で熱出してぶっ倒れたんだぞ。無理したら悪化する」
「私……倒れたんでしたっけ? ……あれ?」
記憶が混濁しているらしい。ソフィアはウィルに渡されたグラスに口をつけながら、首を傾げる。
その時、ウィルとソフィアのやり取りを見守っていたユートがにやりと笑った。
「お姫も目覚めたことだし。俺様、ひとっ走り医者のとこ行ってくるよ。薬、必要でしょ?」
そう言って、ユートはちらりとリアを見下ろした。安堵の息を吐いていたリアはその視線に気付くと、ユートを見上げ、やはりにやりと笑う。
「あ、ユートちゃん! あたしも行く〜。」
「むぅ〜」
「では、何か腹に入れたほうがいいな。……厨房を借りて、何か作ってくる。デザートはプリンでいいか?」
真剣な表情のティアに、ソフィアは小さく頷いた。
「よし。期待していてくれ」
「ティア! 僕も手伝うよ!」
リュカはそう言って、ティアの元に駆け寄った。
「では、行ってくる」
「ウィルちゃん。ソフィアちゃんをよろしくね〜」
四人は勝手にそう決めると、勝手に出て行ってしまった。何て勝手な連中なのだろう。
「……あの、ウィルさん」
何となく四人を見送っていたウィルに、先程よりもマシになった声で、ソフィアが呼ぶ。
「あ?」
振り返りかけたウィルの耳に、ごつんとなにやら景気のよい音が響いた。
「……何してるんだ、お前は」
頭を抱え悶絶しているソフィアに声をかけると、ソフィアは瞳を潤ませたまま顔を上げた。
「ふらついて……角に、頭を……」
そう言ってソフィアが指差したのはベッドの角だった。
「……ぶつけたのか」
「はいぃ〜。い、痛いですぅ〜」
「……角だしな」
呆れ気味の声音しか出ないのは仕方がない。それにしても、あんな場所に頭をぶつけるなんてある意味器用だ。
「……大丈夫か? 何か赤いけど」
ソフィアの額が赤いのは、熱のせいだけではないだろう。
「だ、大丈夫です。……それより、ウィルさん」
改まった口調のソフィアに、ウィルは我知らず緊張して僅かに背筋を伸ばした。
「……何だよ?」
「あの……謝りたいんです……」
神妙な顔でそんなことを言うソフィアに、ウィルは目を丸くした。そうくるとは思ってもみなかった。
「……何でまた」
「だ、だって……今回もまた、ご迷惑おかけしましたし。……それに……私、ウィルさんのこと、知らなくて……本当なら、こんな危険な目に遭わなくてもいい人のはずなのに……巻き込んで……。すみませんでした」
ウィルの目がすっと細まったことに、俯き加減のソフィアは気付かない。
「私の……記憶のせいで……。私が、初めて会った時に、もっとしっかりしていれば……本当に、ごめんなさい」
ウィルは黙ってソフィアの謝罪を聞いていた。
「……終わりか?」
「はい?」
「言いたいことはこれで終わりか?」
ソフィアがゆっくりと顔を上げ、頷いた。
「えっと……はい」
「よし。お前の言いたいことは分かった」
そう言ってウィルは右手を伸ばし、ソフィアの額を軽く弾いた。
「わひゃっ!?」
「お前って妙に鋭いくせに、時々ほんっと馬鹿だよな。罪悪感持つポイントがずれてるっつーかなんつーか。何一人で責任感じてんだよ」
「え? ……あの」
「いいか、ソフィア。まず、俺の正体に関しては、俺が故意的に隠してたんだから、そもそもお前が知らなくて当然だろ? で、旅に一緒に行くことに決めたのも、俺自身だ。お前、俺に一緒に来て欲しい、なんて一言でも言ったか?」
「言っては……ないと思いますけど……でも……」
目は口ほどに物を言うという言葉がある。その言葉通り、あの時のソフィアの様子にほだされたというのはあるだろう。
だが、それもウィル自身が決めたことだ。ソフィアが気に病む要素なんてひとつもないはずだ。
「でも……危険な目に……」
「それは俺の見込みが甘かったんだろ。自業自得だ。……で、お前が謝る必要、あったのか?」
ウィルの言葉に、ソフィアは戸惑うように視線を彷徨わせてから、へにゃりと笑った。