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    記憶のうた 第五章:真実の行方(10)


     ソフィアに触れられた部分が、熱を持つ。自分の腕を通して、魔力が銃へと流れていくのが分かる。同時に、何かが抜け落ちていくような感覚を覚えて、ウィルは唇を噛み締めた。痛みと気力で意識を何とか保っているような状態だ。
    「……瞬き輝く光、闇を打ち払う閃光よ……」
     覇気に欠けるソフィアの詠唱を聞きながら、ウィルは何となくソフィアの右手に視線を落とし微かに息を呑んだ。右手の中指にはめられた、指輪。そこに刻まれているはずの忘却の呪文が消えている。
    「我が前に集いて、敵を貫けっ」
     瞬時に、ウィルは我に返った。気を抜けば傾ぎそうになる両足に、力を込める。
    「――……レイ!」
     ソフィアの渾身の叫びと共に、ウィルは銃のトリガーを引き絞っていた。
     ――……この時、リュカとティアが異常な気配に振り返り、目を丸くした。
     普段は発しない発射音と共に銃口から放たれた光は、大の大人など簡単に飲み込めるのではないかというほど大きい。それはあっさりと四ツ目の狼を飲み込み――塵すら残さず消し去ってしまった。
    「う……うっそーん……」
     リュカの間の抜けた声が広間に響くが、その心境は銃を放ったウィルにもよく分かる。
     とんでもない威力だ。
     ウィルの銃から、カートリッジが勝手に抜け落ちる。そしてそれは地面に落ちる前に、風に溶けて消えてしまった。
    「……何だこれ……」
     ウィルは疲れ切った声音で、ぽつりと呟いた。
    「ウィルちゃんすごいぃぃぃっ! 何だったの、今の〜?」
    「……さあ」
     遠巻きに眺めていたユートが感心したように口笛を吹いた。
    「うっひゃぁぁ、すっごい威力〜。あ、これって……もしかして『シュピーゲル』? 俺様も初めて見た〜」
     リアとぽちとリュカが同時に首を傾げる。こう見ると、まるで兄妹のようだ。
    「「……『シュピーゲル』って、何?」」
    「よーし。物知りな俺様が説明しよう。『シュピーゲル』っていうのはね〜……」
     そこでユートの言葉は途切れた。ソフィアが再び膝を付いたからだ。
     先程のソフィアの姿が全員の脳裏を過ぎったのは言うまでもない。
     ――……もしや、また?
    「……はうえ……」
     場の緊張した空気を砕くソフィアの間の抜けた声に、全員が息をつく。少なくとも、ソフィアはソフィアのままだ。
     頬を赤くしたソフィアにティアが近付き、額に手を触れ脈を取って、一言述べた。
    「風邪だ」
    「……そのようだな」
     熱が出てきてふらついているらしいソフィアを見下ろし、ウィルは小さく息を吐いた。

     そして魔跡探索の翌日。彼らはアスタールの街に戻っていた。
     ちなみにソフィアは魔跡のある崖とそれを囲う壁をよじ登ったという体力が有り余っているユートがおぶって運んだ。
     おぶるのをローテーションして運ぶという案も出たのだが、体力のないウィルは要員としては論外であるし、ティアは帰り道の案内もあるので要員にはなれない。
     唯一、リュカはやる気満々だったのだが、身長の低さが災いしおぶわせてみたらソフィアの身体に負担なのではないかとティアから意見が出たため、ユート一人で運ぶこととなったのだ。
     そのことでリュカが未だに年甲斐もなく落ち込んでいたりするのだが、それは全員放置の方向性だ。
     ウィルは部屋の隅で三角座りをしのの字を書くという典型的な拗ね方をしているリュカを視線から外し、ベッドの中で昏倒するように眠るソフィアを見た。その頬は真っ赤に染まっている。熱は未だ高いままだ。
    「……ソフィアちゃん……。目を覚まさないね……」
     ぽちの頭に顔をうずめ、リアが泣きそうな声で呟く。
     昨夜遅く、この宿に辿り着くまで朦朧としていたもののかろうじて意識を保っていたソフィアだったが、宿に着いた途端、意識を手放してしまった。今は昼を回った頃だから、十二時間近く眠り続けている。
    「う〜ん。まあ、しょうがないんじゃ〜ん? お姫、『シュピーゲル』の開放呪文を使った後、強めの攻撃魔術使ってるし。魔力の消耗が激しかったのと……。あとは何か色々あったみたいだし気疲れ的な? 冷水被った後にあれだけ色々あれば熱も出るって〜」
    「え? どういうこと? よく分かんない」
    「そうだな。……そもそも『シュピーゲル』とはなんだ?」
    「あ。それは僕も思ったー」
     一人いじけているのが寂しくなったらしい。リュカが部屋の隅から会話に参加する。
    「『シュピーゲル』っていうのはね〜、古代文明の兵器だよ。鏡っていう意味で、心を映し、魔を反射するっていうね。『シュピーゲル』は使用者の意思を受けてその形状をを変化させる。そして『シュピーゲル』に放たれた魔術を増幅して反射するんだって」
    「へぇ〜。何だか魔術道具に似てるね。護符のついた剣とか」
     興味を引かれたのか、リュカが部屋の隅から帰還した。
    「おぉ、坊や。いいとこつく〜。現在使われてる魔法道具とかって、『シュピーゲル』が基になってるらしーよ? まあ、今の技術じゃ、込められた魔術の能力を全部引き出すなんて出来ないけど、『シュピーゲル』は……」
     その先は言葉にせずとも分かった。『シュピーゲル』は込められた魔術の能力を全部引き出すどころか、増幅するのだ。
    「今回はさらにプラスでレーザー銃の威力もあったみたいだよ。でなきゃ、さすがにあんな威力は出ないだろうしねぇ。まあ、そんな兵器だから封印を解くのにも物凄い魔力が必要なんだよねぇ」
     ユートは何故か自分の髪の毛の枝毛処理をしながら、そんな説明をした。
    「へー。じゃあ、ちょっともったいなかったね。……壊れちゃったんだろ? 『シュピーゲル』」
    「古いものだし、元々が脆いらしいからねぇ」
     ユートはそんな軽い口調で説明を締めくくった。
    「すご〜い。ユートちゃん、先生みたい〜」
    「はっはっは。照れるなぁ」
     その時、微かにソフィアの睫毛が振るえたのを認め、ウィルはそっと呼びかける。
    「……ソフィア?」
     その声に応えるように。ソフィアの瞼がゆっくりと開かれた。

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