フェスタ伯爵。それが、今日のウィル達の依頼人の名だ。今日のパーティーは所謂「お披露目パーティー」だ。
幻の宝石「ブラッディローズ」。どこからか入手したらしい伯爵がその宝石をお披露目するために開かれるパーティー。
パーティーの警護要員というから客人警護かと思いきや、どうやら宝石の警護がメインらしい。
普通なら、行きずりの旅人にそんな貴重な物の警護をさせるようなことはしないのだろうが、斡旋所の仲介ならば話は別だ。
斡旋所を経営している会社はその他にも手広く事業を運営している会社で、契約違反をすればその情報はフューズランド全域の斡旋所及び関係・提携会社に通知され、これらの施設の使用は不可能になる。さらにこの会社は、社会的信用度の高い会社なので、同業他社も進んで契約違反をした旅人を使おうとはしなくなる。
旅人の仕事は、依頼主の命や財産を守るような仕事が多い。そして、この仕事は信頼第一なのだ。それを損ねるようなことはしてはならず、損ねればそれ相応の対価を支払うことになる。そういうことだ。
ウィルは、自分の服装を整えながら、小さく息を吐く。
今、ウィルが着ているのは黒のタキシードだ。貸衣装とはいえ、とても警備員が着るようなものではない。それでは何で来ているのかと言うと、土壇場でのフェスタ伯爵の「場の雰囲気を壊したくない。パーティー会場に相応しくない格好の者がいるのは嫌だ」という訳の分からない発言のせいだった。
よって警備員として雇われた旅人たちには全員に貸衣装が与えられ、着替えることを余儀なくされている。
しかも、武器の携帯も基本的には禁止を言い渡された。隠し持っていても気付かれないサイズのものはいいらしいのだが。
ウィルも、いつものレーザー銃は持ち込むことが出来ずに小型の実弾銃を二丁、肩から左右の脇の下に吊るされたホルスターに隠し持っているのみだ。上からジャケットを着てしまえば、まず銃を持っているとは思われないだろう。しかしこんな状況で、ウィルでさえ若干不安な思いをしているというのに、目の前の斧やら大剣やらを没収され心許ない顔をした屈強な戦士たちは、いざと言う時はどうすればいいのだろうか。
単なる宝石警護や客人警護ならば、問題は無い。得手を持っていなくても戦闘の心得がある者達ばかりだ。
普通ならば。
今回問題なのが、警護対象が幻の宝石「ブラッディローズ」だということだ。この宝石、別名を血塗られた宝石というのだ。
血を固めた様なやや黒ずんだ赤い色のその石は、まるで開きかけの薔薇の蕾のような形をしている宝石で、その希少価値は高い。そして、この宝石にはある噂がある。この宝石は血に魅入られていて、血を望むあまり魔物を呼ぶと言うのだ。故に保管の際には魔術で封じなければならないという呪いの宝石である。
だが、これは噂ではなく真実だと、ウィルは知っている。昔。この宝石を見た魔物が凶暴化するという実験映像を何かの折に見たことがあるのだ。
フェスタ伯爵はそのことを知っているのだろうか。知っている上で万全の体制を取り、警備員の武器携行を禁じているならば問題は無いのだが。
「……魔物が来たらどうするんだよ」
思わず小さく呟いた。思っていた以上に難易度の高い依頼になりそうだ。
そんなことを思いながら、部屋を出る。隣の部屋が女性陣に与えられた衣装部屋だった。軽い音を立てて、その部屋の扉が開く。
「……あ、ウィルさん」
瞬間、誰なのか分からなかった。緑色を基調としたワンピース型のドレスで、露出した二の腕を覆うように薄手のシャンパンゴールドのショールを纏っている。靴もショールに合わせたのか金のラメの入ったヒールで、パーティー用にしては若干踵が低い。いつもは下ろしている髪も両頬に沿って僅かに残してある以外は高く結い上げられ、真珠で飾られている。見慣れたはずの面差しも、薄く化粧を施したことでやや大人びたものに変わっていた。
反応がないこと訝しんだソフィアが、首を傾げる。
「ウィルさん?」
「……ソフィア?」
「そうですよ? ……やっぱりおかしいですか、この格好。何だか女中さんに面白がられてしまって……」
途端におろおろと慌てだすソフィアに、ウィルはいつの間にか詰めていたらしい息を吐き出した。
「……いや。びっくりした」
「え?」
「……結構、印象変わるな。一瞬、誰だか分からなかった」
思っていた以上に動揺していたらしい。自分にしては素直な物言いに、ソフィアが呆けたような顔をした。
「そ、そうですか? ……あ、あのー。似合います?」
若干頬を染めて尋ねるソフィアに、ウィルも妙に気恥ずかしくなった。
「あー……。まぁまぁじゃね?」
「あ、ありがとうございます」
そう言って頭を下げようとしたソフィアの体がかくんと揺らいだ。
「わわっ」
「……何もない所で、何でこけそうになってんだよ」
呆れ気味に言うと、ソフィアは体勢を立て直しながらうう、と小さく呻いた。
「絨毯に足をとられたんですっ! だって、いつもこんなにヒールの高い靴履きませんし……これでも低いものにしてもらったんですけど、バランスが……」
情けない顔で俯くソフィアにウィルは苦笑し、すっと左手を出した。
「?」
「ほら、エスコートしてやるよ。つかまっとけ」
ソフィアは再び頬を赤らめ、困ったように視線を泳がせた後、ウィルの腕に縋った。
「あの、お願いします」
「はいはい」
ウィルは苦笑を浮かべたまま、会場までソフィアをエスコートする。
「……ウィルさんって、こういうの慣れてます?」
「……何を突然」
「だって……タキシードも着慣れてるみたいですし、エスコートだって自然ですし……よく考えてみれば、食べるときの食べ方も綺麗ですし」
結構よく見ているらしい。ウィルは内心で感心した。
「……まぁ、いいとこの出ではあるけどな」
嘘ではない。いいところどころか、王族だったりするけれど。
「それはいいとして。もう、会場に着くぞ。ちっとは歩き慣れたか?」
「あ、はい」
「会場でこけんなよ。備品も壊すんじゃねーぞ」
「……はい」
若干自信なさそうに頷くソフィアに、ウィルは眉をしかめつつ、会場の扉に手をかけた。
「……いくぞ」
パーティーが、始まる。