記憶のうた 第三章:心一つあるがまま(6)
結論を言えば、大きな力とは魔術や道具の類ではなかった。とりあえず、目の前に立ちふさがるこれはどちらにも該当しない。
「ま、魔竜……!」
ソフィアの言葉に、ウィルは自分の頭の中のデータを掘り起こす。
魔竜。その名の通り、竜の一種。黒い鱗は生半可な剣など弾き返すほど硬い。性格は凶暴・獰猛・残忍。強力な魔力と爪を持つ。ちなみに肉食。
だが、目の前にいる魔竜は明らかに一般の魔竜とは違う。
「で、ででででかいぃぃぃぃっ!」
リアが動転した悲鳴を上げた。
そう。この魔竜の大きさは明らかに桁違いだ。普通の魔竜は大きくても五メートルはないのだが、目の前にいる魔竜は目測だが明らかに十メートル近くある。
「なななな何食べたらこんなにでっかくなるのよぉぉっ!」
魔竜が吐くドラゴンブレスを三人は思い思いの方向に散って避けた。
「馬鹿、落ち着けって! 確かにでけーし、魔力も半端なさそうだが、魔竜は魔竜っ! 弱点は同じはずだ!」
ウィルの叫びに涙目だったリアがはっと我に返る。
「竜って言っても、しょせんはでっかいトカゲ! 弱点は……!」
「寒さ……!」
魔竜をアバウトにトカゲと言い切ったウィルの言葉を継いだのは、ソフィアだ。
トカゲが、というよりも爬虫類全般は寒さに弱い。
「な、なるほど! よーし!」
ウィルのトカゲ発言で若干落ち着きを取り戻したらしいリアが、右手を前に突き出し息を吸った。それを見て取ったウィルが、魔竜の顔に銃口を向けて発砲する。ダメージはほとんどない。だが、魔竜の注意がウィルへと逸れた。
「凍てつく刃、氷の槍よ! 貫け! アイシクル!」
ソフィアの氷の呪文が、魔竜の足を貫き床に縫いとめる。氷系の初級の魔術だ。これも足止めのためだろう。
「全てを凍りに閉ざす者。冷酷なる季節の使徒よ! 我が呼び声に応えてここに来たれ! 我、召喚士の名に於いて命ず! 出でよ……フィンヴルヴェトル!」
それは冬を司る者の名だ。リアの呼びかけに応じてその場に姿を現したのは、冷たい美貌の女性だった。彼女が手にした扇を一振りすると、魔竜を中心に吹雪が舞い散る。部屋の気温が一気に下がる。
魔竜が雄叫びをあげた。ぱんっという音と共に吹雪が弾け飛ぶ。魔竜の魔力に、リアの召喚術が相殺されたのだ。
「う……嘘っ」
リアの顔が色を失った。召喚された者がどれだけの力を発揮できるかは召喚者の力量に左右される。つまり、リアの力が魔竜に押し負けたということになる。フィンブルヴェトルの姿が掻き消えるが、今の出来事に衝撃を受けたリアは呆然として、微動だにしない。それは、致命的な隙となった。
「むぅぅぅ!」
ぽちの声にリアが我に返るが遅かった。魔竜が体を回転させその長いしっぽが振り回される。その先には、反応の遅れたリアがいた。そして直撃する瞬間、何かが割れたような音が響き、リアの小さな身体が吹き飛ばされる。
「っ!?」
「リアさん!!」
悲鳴すら上げず吹き飛ばされたリアの身体が、床を何度か転がり止まった。そして、ピクリとも動かない。
血相を変えたソフィアがリアに駆け寄った。
「リアさん! しっかりして下さい!!」
動転したソフィアには、魔竜が見えていない。隙だらけだ。それを見逃すような相手ではないのに。
魔竜の鋭い爪が、次の獲物を狙って振り上げられた。
ウィルは小さく舌打ちをして駆け出し、叫んだ。
「っ馬鹿! 集中しろ!!」
ソフィアが弾かれたように顔を上げる。ウィルは力一杯床を蹴り、ソフィアに体当たりをかける。かなりの勢いだったので、ソフィアの体はあっさりとその場から弾き飛ばされ、リアの傍に転がった。
「つっ……!」
起き上がったソフィアが、目を見開く。その視線の先の先程までソフィアがいた場所に、体当たりの勢いでバランスを崩し、そのまま魔竜の爪をかわしきれずに腹部を薙がれたウィルの姿があった。動けないウィルを、さらに魔竜の太い腕が吹き飛ばす。
「ぐあっ!」
ウィルもまた、ソフィアとリアの元に転がった。ソフィアの顔色が青を通り越し、白くなる。
「ウィ……!」
「生きてる! 気ぃ散らすなってんだろ!?」
渾身の力で叫んだウィルは、レーザー銃のエネルギー設定を最大にすると、三連続でトリガーを引いた。
光の全てが狙い違わず、魔竜の顔面に直撃する。レーザー銃のエネルギー残量はゼロになったが、それなりにダメージは与えられたらしい。魔竜は顔を左右に振り、絶叫を上げている。今の攻撃で視力も潰せたはずだ。
「ウィルさん……!」
「リアは?」
大きな声を出すと、腹部の傷に響く。ウィルは魔竜から視線を外さぬまま、ソフィアに問いかける。
「い、生きています。ウィルさん、私のせいで、お怪我を……!」
ウィルは泣きそうに顔を歪ませたソフィアを無視した。悪いが、それどころではない。ここで冷静な判断が出来なければ三人とも、死ぬ。ここで死ぬわけにはいかない。そして、今のウィルがすべきことは、ソフィアを慰めることではなく、考えることだ。
どうすれば、奴を倒せるのか。三人とも生きてここから脱出ができるのかを。
ウィルは胸ポケットから換えのエネルギーパックを取り出し、空のものと交換した。
攻撃を受けたのが腹部でよかったと思う。反動のないレーザー銃なら、そんなに体に負担にならずに撃てるからだ。攻撃を受けたのが腕だったなら、構えを取ることすらままならなかっただろう。
痛みに眉をしかめながらも、そんなことを思う。その間も血は流れ続けている。急がなければ、まずい。
「ソフィア」
小さく呼びかけると、ソフィアの潤んだ瞳がウィルを見つめていた。泣きそうなのを堪えているのだろう。唇が震えたものの、返事はなかった。
「チャンスは一回だ。……いくぞ」
ソフィアが瞬きをすると同時に、涙の雫が飛んだ。涙を拭い、すくっと立ち上がったソフィアがウィルの前に出る。
「……はい!」