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    記憶のうた 第三章:心一つあるがまま(4)


     食事は、宿の女将に作ってもらった干し肉とレタスのサンドイッチに、レモン水。それから女将手作りの桃の砂糖漬けだった。
     どこに行くのかと訊かれ、魔跡に行くとも言えずに森に入るのだが今日中には戻れないかもしれないという半分嘘で半分真実の事情を伝えると、女将が気前よく渡してくれたのだ。
    「……それにしても広い部屋だねぇ。……あの魔物、ずっとここにいたんだよね? どうやって生きてきたんだろう?」
    「魔術で眠らされてたのかもしれないだろ。エレベーターと連動してて、機械が起動したら目覚めるような仕掛けかもしれない」
    「なるほど〜」
    「むぅ〜」
     納得して頷くリアに合わせて、ぽちの顔も上下する。
     だからこいつは何なのだと思ったが、尋ねることはしなかった。尋ねたところでどうせ「ぽちはぽちだよ?」などと返されるのがオチだ。
    「でも、眠ってるにしてもちょっとはエネルギーって必要じゃないの?」
    「……魔跡は『魔力の吹き溜まり』に建てられますからね。その魔力を糧にして生きているんです。ナイトはそういった存在だと聞いたことが……」
     微笑みを浮かべつつ話していたソフィアの動きが、止まった。
    「ナイト? あー、そっかぁ。大切なものを守ってて、お話の騎士さまみたいだもんねぇ」
     リアはそう言いつつ、魔物がいた辺りを見つめている。だから、気付かなかったのだろう。ソフィアが何とも言えない複雑な顔をして、俯いたことに。
    「……あいつら、ナイトって言うんだな。知らなかった」
     ウィルの言葉に、ソフィアが弾かれたように顔を上げる。ウィルとソフィアの視線が合った。ソフィアの瞳が不安定に揺れ、逸らされる。この魔跡に入る直前と似たような表情だ。そして、今度はウィルにも分かった。ソフィアの考えていること、その表情の意味が。
    「え〜? ウィルちゃんも知らなかったの?」
     リアの視線が魔物のいた場所からウィルに移る。今の空気には気付いていないようだ。
    「……魔術関係は正直、専門外だしな。一通りのことは調べたが、調べ漏れていることもあるかもしれないだろ。あいつら、一般的にはガーディアンって言うんだ。そっちなら知ってたけどな」
    「へ〜。ウィルちゃんが知らないって何か意外〜。何でも知ってそうなのに」
    「んな訳あるか。……通り名が有名で本名が知られていないことなんて結構あるだろ」
    「そんなものかなぁ」
     そう言いつつ、リアの視線が広間の奥の扉に移る。
    「あの奥、何があるんだろうね〜。お目当ての魔術だといいね、ソフィアちゃん」
    「そ、そうですね」
     頷いて、ソフィアも視線を扉に向ける。だが、その表情は。未だ葛藤の中にいるようだった。

     荷物は広間の中央に置いたまま、三人は扉の前に立つ。リアが近付いて、ぺしぺしと扉を叩いた。
    「……この先が、一番奥なんだよね? やっぱり魔術で封印されてるの?」
    「たぶんな。こればっかりは魔力のない俺には分からん」
    「……これは……」
     ウィルの隣で呟くソフィアの声が掠れている。薄暗いので確かだとはいえないが、その顔色が青いようだ。
    「どうした」
     短くも鋭いウィルの声に、ソフィアは力なく頭を横に振った。
    「……分かりません。封印に、邪魔されて……。けれど、とても強い力の気配がします……」
    「え!? 何々!? またナイト!?」
    「分かりません。生き物なのかどうかも……。ただ、とても嫌な予感が……」
     ソフィアはぎゅっと杖を握り締め、俯く。その様子に、ウィルは眉をしかめた。ソフィアの勘は本当によく当たるのだ。彼女が悪い予感がするというならば、この奥にあるものはそれだけ巨大な力を持つ何かなのだろう。さらに、何かしらの侵入者対策がなされている可能性だってある。
     考え込むように視線を落とし、床に何やら文字が刻まれていることに気付いた。魔跡に刻まれている文字なのだから、当然の如く古代文字だ。
    「……ソフィア!」
     突然の呼びかけに、ソフィアが顔を上げる。黙って床を指差すと、古代文字の存在に気付いたらしく、床にしゃがみこんだ。
    「……危ない、扉……先……眠る……大きな、力? ……解くこと……方法。この、呪文……紡ぐ……?」
     読み上げられていく単語は、指輪に刻まれた忘却の古代術よりも格段に分かりやすかった。
    「え? どういうこと? 扉が眠ってるの?」
     本気で尋ねているらしいリアに、ウィルは首を横に振った。扉が封印されていることは分かりきっているのに、こんなところにわざわざ記すはずがない。
    「いや、どっちかって言うと警告文だろ、これは。……危険、この扉の先には大きな力が眠っている。扉を開放するならここに刻まれている呪文を唱えろ。……こんなところだろ」
     ソフィアがこくんと頷いた。
    「恐らく、そうだと思います。……ただ大きな力が何なのか、ここには記されていません」
     この扉を開かなければ分からないということだ。
     ソフィアを見てから扉を見て、ウィルはしばし考え込む。
    「ソフィア」
     古代文字を見ていたソフィアがウィルを見上げる。ウィルはその視線を正面から受け止めて、はっきりと告げた。
    「お前はどうしたいんだ? ……お前が決めろ」
     ウィルの言葉に、ソフィアは瞳を瞬かせた。言われたことが意外だったらしい。それはそうだろう。ここまで、ほぼ全てのことをウィルが決めてきたのだから。彼女に決断を委ねるのは、初めてだ。
    「え……? 私、ですか?」
    「ああ。……お前のことだろう? 自分で選べ」

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