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    記憶のうた 第三章:心一つあるがまま(3)


     三人が乗り込んだエレベーターが、ゆっくりと上昇していく。
    「……あ」
     ソフィアがぴくりと肩を揺らし、顔を上げた。きゅっと眉を寄せ、表情が険しさを帯びる。
    「……ソフィアちゃん?」
    「むぅぅ?」
    「どうかしたか?」
     いきなり様子の変わったソフィアに、ウィルは眉をしかめ、リアとぽちが首を傾げた。
    「お二人とも、気をつけて下さい。……上に、何かいます」
     妙に確信を持ったソフィアの言葉に、リアが目を丸くする。
    「え? ええっ!? な、何で分かるの!?」
     ウィルは無言のまま腰に装着したホルスターに手を伸ばし、レーザー銃を抜いた。いつでも戦闘に入れるように息を整える。
    「えぇ!? ウィルちゃんまで……!」
     疑問を口にしつつも、リアも身構える。ウィルが構えをとった事で、意識が戦闘モードに切り替わったらしい。
     ウィルは扉に意識を傾けながらも、杖を構えるソフィアに視線をやった。
     彼女が魔物や脅威に敏感だと気付いたのは、レフェルトを発ち、ミルネスに辿り着くまでの短い間のことだった。ソフィアは魔物が現れる前にその気配を察知するのだ。
     そして、それが外れたことは今のところ一度もない。
    「やっぱり……いる!」
     緊張で掠れた声で、ソフィアが呟く。同時にエレベーターが電子音と共に止まり、扉が開く。
     開いた扉の向こうには広間があり、その中央にいるのは獅子の体に蝙蝠の翼を持つ魔獣だ。その魔獣は大きく咆哮をあげると、炎の塊を吐き出した。
    「見えざる盾、悪意を阻む力よ。堅固たる壁となり、我らを守りたまえ! ……バリア!」
     精神集中を終えていたソフィアが呪文を紡ぎ、術を展開させる。炎の塊が不可視の壁に弾かれて消えた。
    「上出来っ」
     珍しく成功したソフィアの魔術に小さく笑みを浮かべつつ、ウィルはエレベーターから飛び出しつつ、銃を構えた。
     光が一条走り、それは狙い違わず魔獣の足を貫いた。魔獣の苦悶の咆哮が空間に響く。
    「ソフィアちゃん、ウィルちゃん凄いっ! あたしだって……!」
     エレベーターから出て、魔獣の背後に回ったリアが、右手を突き出し目を伏せた。リアの足元に魔法陣が広がる。
    「天空を司る者よ、白き雷光にて秩序と正義を守りし者よ! 我が呼び声に応えてここに来たれ! 我、召喚士の名に於いて命ず! 出でよ……!」
     これは、高位の召喚術でも最も難しい部類に入る聖霊召喚である。聖霊とは精霊の高位体であり、精霊を治める者というのが一番簡単な解釈だろうか。
     ちなみに飛竜は召喚術の中でも魔獣召喚に分類され、聖霊召喚よりは難易度は低い。もちろん、自我を持たないとされる精霊召喚よりは難しくはあるのだが。
    「ユピテル!」
     リアの召喚術に応じ、雷の剣を握る青年が現れる。彼が剣を掲げ振りぬくと、剣から白い稲妻が走り、魔物に突き刺さった。攻撃を済ませたユピテルの姿が歪んで消える。ユピテルの雷による攻撃で、魔物の全身が焦げつき白い煙が立ち上がる。その胸板を光が二度、貫いた。ウィルの射撃だ。
     だが、魔物はまだ倒れない。瀕死の状態だというのに、その瞳には未だ戦意が見て取れる。隙あらば容赦なく攻撃をしかけてくるだろう。
    「しぶといな……!」
     ウィルは小さく舌打ちした。普通の魔物ならば、リアの攻撃で既に倒れている。そこに。
    「青白き輝き、燃え上がる炎よ! 全てを灰燼と化せ! ……ブレイズ!」
     ソフィアの魔術が発動し、青白い小さな炎が魔物を包み込んだ。魔物が地面に倒れる。その体を残り火が灰と化した。
    「……あれ? この魔術、もうちょっと威力があるはずなんですけど……」
     上手く敵に向かって発動はしたものの、威力が弱かったらしい。瀕死でなかったら倒せなかっただろう。
    「ん〜。でも、倒せたし! やったね、ソフィアちゃん!」
    「はい! やりました〜」
     きゃっきゃと喜ぶ二人を尻目にウィルはレーザー銃をホルスターに戻し、ぐるりと広間を見回した。洞窟の奥にあるとは思えない程の広さだ。その広間の奥、エレベーターの扉のちょうど向かい側に、扉が一つあるだけの大きな広間。あの魔物と戦う為だけの空間だと分かる。
     その扉に近付き片手で押してみるが、扉は少しも動かない。よく見れば、扉の中央に赤い宝石が埋まっている。やはり何がしかの封印がされているらしい。この扉の奥がこの魔跡の最奥部と見て間違いないだろう。
    「ウィルちゃーん! お腹すいた〜」
     はしゃぎ終わったらしいリアの言葉に、ウィルは腕時計に視線を落とす。確かに時間は昼をとっくに過ぎている。……というよりも三時のおやつに近い時間だ。
     太陽が見えないせいで時間の感覚が若干狂っていたらしい。思っていたよりも時間が経過している。
    「……そうだな。ちょっと休憩にするか」
     この奥に何が待っているのかは分からないのだから、準備を万全にする必要がある。ウィルは扉に背を向けると、ゆっくりとソフィアとリアの元に戻った。

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