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    記憶のうた 第二章:めぐり逢う世界(6)


    「……やっぱり、あんまりよく見えませんね〜」
    「予定より着くのが遅くなっちまったからな」
     一行がウェードに辿り着いたのは、日が完全に落ちてからのことだった。辺りは暗く、ロム山の全貌を見ることは難しい。
    「よ〜し! あたしの出番だねっ!」
     張り切って右手を振り上げるリアを、ウィルは半眼で見つめた。
    「アホ。明日だ明日。目的地の位置も分かってないのに突入するヤツがあるか」
     この暗闇の中向かっても、空中で右往左往して、体温が奪われるのがオチである。
    「準備もしないといけませんしね」
     ウィルとソフィアの言葉に、リアは唇を尖らせた。
    「なぁんだ。リアちゃん大活躍〜って思ったのに。がっかりー。ねぇ?」
    「むぅぅ」
     そうだそうだと言う様に、ぽちの頭がこくこくと動く。それをウィルは複雑そうな面持ちで眺める。
     このぬいぐるみの謎は、半日近くでは解けなかった。むしろ、謎が増えた。
     これは何か機械仕掛けがされているのではと思いつき、知的好奇心に負けたウィルは一度だけぽちを持たせてもらったのだが、何の仕掛けもなかったのだ。ウィルの知らない方法で機械が入っているにしても軽すぎる。そして、動いて鳴くくせに体温はなかった。これは機械でも、生き物でもなくぬいぐるみなのだと判明しただけだった。そして、リアに似合わないと笑われた。
    「……ともかくっ。今日はもう休むぞ」
    「「は〜い」」
     ソフィアとリアの返事が綺麗に重なる。そして三人はウェード唯一の宿に足を向けたのだった。

     夕食の席でシチューを口に運んでいたリアはソフィアの右手を見て首を傾げた。
    「……ソフィアちゃん。もしかして、その指輪が間違って装備しちゃったっていう呪いのアイテム?」
    「え? ……あ、はい。そうなんです。……抜けなくて」
    「ふーん。……抜けなくなる呪いかぁ」
     ウィルもソフィアも一度もそんなことは言っていないのだが、リアは何故か勝手にそう解釈し、納得したようである。
     別にそれならそれで構わない。記憶を封印されていることを、ソフィアは言いづらいようだし。
     だが、今のリアの言葉が、ウィルの心に引っかかった。
     間違って装備した。ソフィアならやりかねないような気はする。だが、本当にそうだろうか。
     何度か会話の中で確かめていたのだが、ウィルに出会って以降のソフィアの記憶には問題はない。
     話を聞いていく中で、あの森で目を覚ます前の記憶がないらしいのはほぼ確定だ。ならば、この指輪がソフィアにはめられたのはウィルと出会う直前、あの場所に倒れる前後ということになる。
     ここで、疑問がひとつ沸く。……何故、ソフィアはあの場所にいたのかという疑問だ。
     一人であの場所に向かって、わざわざ指輪をはめたとは考えにくい。行動に意味がなさ過ぎる。天然気味だし若干世間ずれしている少女だが、意味のない行動をとるような人物ではない。そして、あの場所に指輪が落ちていてそれを発見したソフィアがはめた、というのも考えにくい。
     あの場所はつい最近、ガジェストールの魔跡探索がされた場所だからだ。小さな指輪ひとつ見逃さないほどの大規模な探索だった。
     だが、ソフィアがあの場で倒れており、それ以前の記憶がないということは。彼女はあの場で指輪を渡されてはめて倒れたか……別の場所で指輪をはめて倒れ誰かにあの場所に放置されたか、もしくは倒れているソフィアに無理矢理指輪をはめさせられたかということになるのではないだろうか。
     これは、あくまで憶測でしかない。
     ……だが、ソフィアがあの指輪を持ってわざわざ魔物の出る森の奥深くに入り指輪をはめた、と考えるよりはずっと違和感がないように思うのは、気のせいだろうか。……しかし、そうだとしても意図が見えないことに変わりはない。
     ウィルはちらりと目の前でリアと談笑しているソフィアを見る。
     甚大な魔力を持つノーコンというはた迷惑な存在であることは確かだが、基本的に善良な人間だということは間違いない。
     記憶を封じる意味がない。第三者がいたとして、その目的が全く見えてこない。
    「……何かウィルちゃん、難しい顔してるよ〜?」
    「本当ですね。……お腹でも痛いんでしょうか?」
    「え? たいへ〜んっ。ウィルちゃん大丈夫っ!?」
     ウィルはがくりと肩を落とす。真剣に考え込んでいたのが台無しである。
    「誰がハラ痛いって言った」
    「……じゃあ、頭ですか?」
    「頭痛って辛いよねぇ〜」
    「違うっつーの!」
    「じゃあ何なのよーう」
     頬を膨らますリアだが、それが実年齢よりも幼く見せている。子供扱いされることを嫌う彼女は、その事に気付いているのだろうか。……気付いていないだろう、きっと。
    「……明日のこと考えてたんだよ。魔跡の規模にもよるが、探索が一日で済んだって話は聞かないからなっ!」
     先程までの考えは、あくまで自分の想像だ。判断材料が足りていないし、考えすぎている可能性も十分にある。
     ……そうであればいい。この思考の時間が無駄であればいい。ソフィアが指輪をはめた理由が、冷めた視線で馬鹿に出来るような、そんな理由であればいい。そう思った。

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