記憶のうた 第二章:めぐり逢う世界(3)
ミルネスを出てから二日後。ウィルとソフィアはウェードのひとつ手前の村に到着していた。
この村からウェードまでは残り半日程度の距離だ。今は昼過ぎだから、遅くとも夜にはウェードに辿り着くだろう。
魔跡に入る手立てはまだ見つかっていない。しかし、実際に現地の様子を見てみないと対策も立てづらいと、とりあえず魔跡に向かうことにしたのだ。
「いい天気ですね〜。今のところ天候に恵まれてますよねっ!」
にこにこと機嫌のいいソフィアに、そうだなとウィルは空を仰ぎ見る。雲ひとつない青空に柔らかな日差し。ピクニックにはもってこいの気候だ。
「……だな。けど、昨日の夜、山の方じゃ雨が降ったらしい。この村は川の傍の村だからな。気をつけろよ」
「川の水って増水する時はあっという間だっていいますからね〜。……ってウィルさん、何だか私が川に流されるの前提でしゃべってませんか?」
「川見たらはしゃいで遊びだしそうじゃねーか」
「遊びませんよ、さすがにっ! ……お魚いないかなーって覗いたりはしますけどっ!」
「……落ちるなよ」
「落ちません〜」
そんな会話をしながら村の中を歩いていると、家の角からいきなり小さな影が飛び出してきて、派手な音を立ててソフィアと激突した。
「ひゃあっ!」
「うお!?」
ソフィアの斜め後方にいたウィルは咄嗟にソフィアの腕を掴んで、ソフィアが転倒するのを阻止した。その腕のあまりの細さに一瞬息を呑み、反射的に手を離す。
「す、すみません。ウィルさん。助かりました」
「……いや」
一方、ソフィアとぶつかった影は勢いそのままに地面に尻餅をつき、甲高い声を上げる。
「いったーいっ! もぉぉっ、どこ見てんのよっ!」
「はぁ!? そりゃこっちのセリフ……」
そこでウィルは言葉を切った。そこに転がっていたのは栗色のふわふわした髪に琥珀色の瞳、やたらとふわふわひらひらした服を着た、この牧歌的な村の村人と名乗るにはあまりにも場違いな少女だった。
ウィルは眉をしかめる。
「……何だ、このガキ」
「ガキって何よっ !失礼ねっ!」
村の子供には見えないし、両親の旅行について来たどこぞのご令嬢だろうか。こんな辺境の村に旅行に来る物好きの貴族がいればの話だが。
良い村ではあるのだが、観光的な目玉は特に見当たらない、至って平凡な村なのだ。狩りが好きな貴族ならば、近くの山や森目当てに来るかもしれないが。
「あああっ! ぽちが汚れちゃうっ!」
そう叫んで少女が拾い上げたのは、くまのようなぬいぐるみだった。くまというにはどこか違和感があるのだが、具体的にどこが違うのか、ウィルには分からなかった。
そもそも、何故くまのぬいぐるみにぽちと命名するのか。ものすごく犬の名前のように聞こえるのだが。
「……迷子か?」
そんな取り立ててどうでもいいような事を考えながらぽつりと呟くと、少女は眉を吊り上げた。
「ちっがーうっ! あたしそんなに子供じゃないもん! 迷子じゃないっ!!」
「あー、うるせー」
眉をしかめるウィルの横で、ソフィアがすっと膝を付き、少女に手を差し伸べた。
「先ほどはすみませんでした。私の不注意です。お怪我はありませんか?」
少女はソフィアの謝罪に目を丸くし、慌てたように首を横に振った。そしてソフィアの出した手に縋って立ち上がる。
「う、うん。大丈夫! あたしの方こそ、ごめんなさい」
「いきなり随分と素直だな、ガキ」
「ガキじゃないっ! リア! リア=エルフリーデ=ベルトラム!」
「素敵なお名前ですね。私はソフィア、こちらはウィリアムさんです。……リアさんは何故こちらに? ご家族と旅行中ですか?」
ううん、とリアは首を横に振った。
「一人だよ。……簡単に言えば、修行の旅の途中?」
「修行というと……熊と戦ったり、滝に打たれたり、畑を耕したりするんですか?」
「最後おかしいだろ。って言うかお前の修行イメージどんなだ」
真面目な顔で言うソフィアにとりあえず突っ込んでから、ウィルはまじまじとリアを見た。見たところ十二、三歳くらいだろうか。年齢といい格好といい、修行の旅などという大層なものをしているようにはどう控え目に見ても、見えない。
「修行って何のだよ?」
「ふーんっだ! ウィルちゃんには教えてあげないよーっ!」
「なら別にいい。ってかちゃん付けで呼ぶな!」
「やーだよーっだ!」
リアはべーっと舌を出し、そっぽを向く。その時だ。
「いやぁぁぁっ! 放してっ! エルナッ!!」
のどかな村に身を切り裂くような悲痛な悲鳴が響いたのは。
ウィル達は顔を見合わせ、そして。同時に地面を蹴ったのだった。