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    記憶のうた 外伝 巡る雨〜記憶:雨の記憶(3)


    「あ……雨だ」
     宿の一室で、窓際に立って何とはなしに外の大通りを眺めていたリュカは、灰色の空から落ちてくる雫に無意識にぽつりと呟いていた。
     リュカの言葉に、リアとユートが同時に窓の外を見る。ガラスを叩く水滴に、リュカは微かに目を細めた。
    「うわ〜、今日出発じゃなくて良かったねぇ。びしょびしょになっちゃうとこだったよ」
     リアの言葉に、そうだねと頷けば、リアが不思議そうにリュカを見上げて、首を傾げた。
    「……でも、珍しいね? リュカちゃんがティアちゃんと一緒じゃないなんて」
     そこに楽しげに会話に混じってきたのは、ユートだ。
    「おんやぁ? ……もしかして、振られた?」
     ユートの言葉に、リアが大げさに驚いてみせる。大きく開けた口を左手で覆うという動作付きだ。
    「えええ? そうなの〜?」
    「ちっがーーーーうっ!!」
     好き勝手言ってきゃっきゃと楽しそうにしている二人組みに、口元を引きつらせつつ聞いていたリュカは、とうとう怒鳴り声を上げた。
    「僕は振られてないっ! 失礼なこと言うなっ!!」
     その大声に、リアが眉をしかめて、口に人差し指を当てる。
    「しぃっ。隣のお部屋でソフィアちゃん寝てるんだから。起きちゃったらどうするのっ?」
     正論である。外見からはとても成人しているように見えない二十一歳の青年は、両手を腰に当て「めっ」という体勢を作る少女に大人しく頭を下げる。
    「ごめんなさい」
    「うん。よろしい」
     そう言って偉そうに頷いたのはリアではなくユートだった。リュカは自分よりも随分と長身の男をきっと睨みつける。
    「あのなっ! ユートが変なこと言うからだろっ!?」
     隣の部屋で風邪を引いて眠っているソフィアに配慮して、もちろん小声である。そのため、残念ながら普段からあまりない迫力は皆無だった。ユートは小さく肩をすくめ、へらりと曖昧な笑みを浮かべる。
    「だって〜。からかうと面白いんだも〜ん」
     ユートの言葉に、リュカはぶるぶると震える拳を握り締め、俯く。色々と叫びたいことを懸命に我慢しているようだ。
    「そう言えば……ずぅっと聞きたかったんだけど……」
     ベッドの端に腰掛けたリアが、ぽちを膝の上に乗せつつ首を傾げる。
    「太陽の一族って……何?」
     突然の問いに、リュカは一瞬表情を歪めた。その辛そうな表情に、リアが戸惑ったような表情を浮かべる。
    「リュ、リュカちゃん?」
     リアの声に、リュカは我に返ったが、表情を取り繕うには遅すぎた。
    「ご、ごめんね。リュカちゃん。……聞いたらダメだった?」
     困ったようにぽちの頭に顔を埋めるリアの頭を、リュカはぽんぽんと撫でる。
     リアは申し訳なさそうにリュカを見上げるだけだ。いつもなら絶対に子ども扱いするなと怒り出すところなのに。
    「ううん。……僕の方こそ、変な顔して、ごめん」
     そんな光景を、曖昧な笑みを消したユートが、意味ありげに眺めている。
    「太陽の一族はね。光気を操る一族。……世界にはびこっていた闇をその身に宿る光で払ったっていう、ソールって言う名前の英雄の末裔。この力が、太陽みたいだから太陽の一族って呼ばれてる」
     そこで言葉を切って、リュカは苦笑を浮かべた。
    「……うん」
     こくりと頷くリアに笑いかけ、リュカは再度視線を外に向けた。今降っているこの雨は温かいだろうか。それとも。
    「そして……滅ぶ運命が決定した、一族」
     冷たい、雨なのだろうか。あの日のように。
    「僕は……ソールの血を受け継ぐ……最後の、一人だ」
     リュカは、その事実を苦笑と共に告げた。
     雨が降ると、思い出す。ティアと出会う前の、愚かだった自分。彼女との出会いを。

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