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    記憶のうた 番外編:結婚狂想曲(1)


     荘厳な鐘の音が鳴り響く教会の大聖堂。ステンドグラスから差し込む光に、ウィルは微かに目を細めた。
     静寂の中、バージンロードをゆっくりと歩いてくるウエディングドレスに身を包んだソフィアを親族席から見つめながら、内心ため息をつく。
     ――……何をやってるんだ、俺は。
     自分でもよく分からない不快感に、思わず声に出してため息をつきそうになり、ぐっと飲み込んだ。
     事の起こりは、数時間前。この村に入る直前に遡る。

     街と呼ぶには少し規模の小さい村に入る直前で、それは起こった。
    「――……ぼぼぼ僕と結婚して下さいぃっ!」
     その言葉とともに差し出された右手に。ソフィアはびしりと硬直する。
    「は……はい?」
     事態についていけず、右手を見つめたまま瞬きを繰り返すソフィアの後ろで、リアが両手で頬を包んでじたばたしだした。
    「きゃーんっ! プロポーズ!? ソフィアちゃん、やっるぅ〜」
    「うわーお、だ・い・た・ん! 熱烈だねぇ。若いわ〜」
    「プ、ロ……? え、ええええええええっ!?」
     リアとユートの反応に、ようやく意味を理解したらしいソフィアが素っ頓狂な悲鳴を上げ、若干こめかみをひきつらせたウィルがずいっと前に出た。
    「つーか、てめー誰だっ!? 初対面の女にプロポーズだなんて何考えてんだよっ!?」
    「ウィルさん〜っ」
     慌ててウィルの後ろに隠れるソフィアとウィル、そして青年を見てリュカがおおっと呟いた。
    「何かすごいなぁ……。ね、ティア。ひとめぼれってやつかな?」
    「ひとめぼれ……米の品種じゃなかったか?」
    「やっだなぁ、ティアちゃん。お米じゃなくって〜昼ドラだよっ! 三角関係だよっ! 泥沼だよ〜っ! どうなるのかな、どうなるのかなぁ?」
    「うわぁ、ドロドロの愛憎劇ってヤツ!? 何かすごいことになりそうだなぁっ!」
     後ろできゃっきゃと騒ぎ出すリアとリュカに、ウィルはさらにこめかみをひきつらせた。そちらをちらりとも見ずに叫ぶ。
    「うっせーぞ! ちびコンビ!」
    「「ちびって言うなぁっ!!」」
    「じゃあ黙ってろっ!!」
     そのいつもどおりのやり取りに小さく笑い、ようやく調子を取り戻したらしいソフィアは、ウィルの背からひょこりと顔を出してまだ右手を差し出したままの青年に目を向けた。
    「あの……どなたかと間違ってませんか?」
     その言葉に青年は顔を上げ、微笑んだ。少し気弱な印象があるものの、ウェーブがかった薄い金色の髪に水色の瞳の、なかなかの美青年だ。
    「いいえ。間違っていませんよ、旅の方」
     さっきは上擦っていて分からなかったが、テノールのかなりの美声の持ち主だ。青年の芝居がかったその言葉に、ウィルは小さく眉をしかめる。
    「……お前、何のつもりだ? 初対面の女を口説くのに旅の方なんて味気ない言葉、お前みたいなタイプが使うとは思えない。……旅の方って強調したってことは、旅人のこいつに用があるってことだろ?」
     青年は驚いたように目を瞬かせ、リアとリュカが顔を見合わせた。
    「わ〜。すごい洞察力ですねぇ。正解です! ……でも、結婚してくださいって言うのも嘘じゃないです。偽装の、ですけど」
    「え? どういうこと?」
     青年が嬉しそうに笑い、リュカが疑問の声を上げる。ウィルは息をついて、微かにリュカを振り返った。
    「……仕事の依頼ってことだ」

    「僕はラルフ=ブラームス。この村一番の商家の長男です」
     村の一番端にある、潰れた酒場。案内した青年の開口一番の言葉は、己の自己紹介だった。
    「……って、何でこんなところでお話するの〜? あたし、ジュースが飲みたい〜」
    「むぅぅ〜?」
     リアの言葉に、ラルフが申し訳なさそうに笑う。
    「すみません。……でも、今はあなた方を人目に触れさせたくないんです。……目立つ方々ですし」
     目立つ云々は否定できない。ティアは白い髪と赤い瞳にスタイル抜群の美女という目立たないほうがおかしいだろうという容貌の持ち主だし、リュカだってしゃべらなければお伽話の王子様のような整った容姿をしているのだ。さらにいえば、ウィルの銀髪だって珍しい髪色ではあるし、大きな体に大剣を背負ったユートだって人目に触れないわけがない。
    「そーいえば、そっかぁ。よかったね〜、ソフィアちゃん! 普通なのってあたしとソフィアちゃんだけだよ!」
    「え? あ、そう……ですね? ……それは、喜ぶところなんでしょうか……」
     ソフィアやリアも容姿が整っていない訳ではないが、その他大勢の外見のインパクトに比べれば霞むことは確かだろう。
    「……目立ちたくないならいいんじゃね?」
     ウィルは投げやりな気分で適当に応じつつ、空いている席にどかりと腰掛ける。酒場が潰れたのは最近らしい。椅子の上には埃はほとんど積もっていなかった。
    「あ、ウォッカがまだ残ってる〜。ひゃっほ〜っ」
     カウンターの奥をごそごそとしていたユートが瓶を高々と掲げた。
    「飲むな! 持ち出すな! 戻せ!!」
    「ちぇ〜っ。御大のいけずぅ〜」
    「うざい!」
     口を尖らせるユートを一言で斬って捨てて、ウィルは息を吐く。
    「……で、商家の息子が何の用だよ?」
     ウィル達のやりとりをぽかんと見ていたラルフは慌てて口を開く。
    「先ほどあなたが言ったとおり、話は仕事の依頼です。…僕と偽装結婚をして下さい」
    「それは……何でですか?」
     やはり近くの椅子に腰掛けたソフィアが、首を傾げる。
    「父の……命令なんです。ずっと家を継げって言われていたんですが……最近業を煮やしたらしく、何人かのお見合い写真を見せられて、この中の娘と結婚して家を継げって話になりまして」
    「……それは、また……強引な話だな」
     窓際に立っていたティアが微かに眉をしかめる。それ以上に憤りを示したのは、やはりリアとリュカだ。
    「えええええっ!? 何それ!? 勝手だよっ!」
    「愛のない結婚はんたーいっ!」
    「はんたーいっ!」
    「だからやかましいって言ってるだろうがっ! ……商家とか貴族間じゃ珍しい話じゃねーよ。利益や血統を優先するからな」
     恋愛結婚をしたウィルの両親や、幼い時から決められた許婚同士ではあるがきちんと恋愛関係を築いている兄と婚約者は、王族……というより貴族の中でも珍しい部類に入るのだろうとウィルは思う。
    「そうなんですよね。父の気持ちも分からないわけではないんです。……けれど、僕には家を継ぐ気はなくって……つい、言っちゃったんですよねぇ。僕には心に決めた人がいるって」
     ラルフはにへらっとしまりのない笑顔を浮かべて言った。
    「そしたら、父がその娘で構わないから結婚して家を継げと言いまして。それが昨日の話しで……結婚式が今日なんていう性急さでして……」
    「「今日!?」」
     リアとリュカが声を被せて、叫んだ。叫びはしなかったものの、全員同じ気持ちだった。性急すぎる。
    「……信用されてないんじゃないか?」
    「そうかもしれませんね〜。今までのらりくらりとかわしてきましたから」
     ウィルの指摘に、ラルフはあははと呑気に笑う。
    「ほっほ〜う。なるほどねぇ。……で、実際には相手なんていないんでしょ? だから、お姫に偽装結婚を頼んだ、と」
     まだウォッカを諦められないらしく、カウンターの上で酒瓶をごろごろと転がしながら軽い口調で言うユートに、ラルフは頷いた。
    「その通りです」
    「……でも、何でそんなに家を継ぎたくないんだ?」
     リュカの疑問はもっともだ。
    「商才は、弟の方があるんです。商売に興味を持っているのも弟ですし、家はあいつが継いだほうがいい。父は僕が継いで弟は補助に回ればいいって考えてるみたいですけど」
     そこでラルフは言葉を切った。それに、と言った彼の水色の瞳に情熱の炎が宿り。拳をぐっと握り締める。
     そしてラルフは力一杯宣言した。
    「僕は、吟遊詩人になりたいんです!」

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