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    記憶のうた 番外編:旅の合間に(2)

    「うわ、凄いですよ。ウィルさん! 波が寄せたり引いたり……足元の砂が動いてますよ〜!」
    「そりゃ海だからな。……ってあんま下ばっか見てると……」
    「ふえ?」
     夢中で波を見つめていたソフィアの身体がぐらりと傾ぐと、水飛沫を上げて頭から海に突っ込んだ。一瞬の出来事にそれを見送ってしまったウィルは、水面を見つめて数度瞬く。
    「……遅かったか」
     ウィルの呟きと同時に、水音とともにソフィアが海から顔を出す。
    「ぷわぁっ! しょ、しょっぱいです〜っ!」
     すぐさま起き上がったものの、海水を飲んでしまったらしい。ソフィアはげほげほと咳を繰り返した。
    「ソフィアちゃん、大丈夫〜っ!?」
    「は、はい……。何だかくらーってしました」
     心配そうに声をかけてくるリアに、ソフィアは小さく笑いかけた。
    「波をずっと見てると、平衡感覚狂うんだよ。あんま見てると、またこけるぞ」
    「そ、そうなんですね……知りませんでした」
     そう言いつつも、ソフィアは何だか楽しそうに笑ってる。その様子に、ウィルは小さく苦笑した。そんな二人にざばざばと水音を立てて近づいてきたのはユートだ。
    「おんたーい! 泳ごうぜぃ!」
     やたらとはしゃいでいるユートに、ウィルは肩を竦めた。
    「無理。泳げねぇ」
    「えっ? そうなの?」
    「えええ?」
     何故か全員の視線がウィルに集まり、ウィルは一歩後ずさる。
    「……そんな驚くことか? 運動苦手だって言ってるじゃねーか」
    「んー。でもとりあえずは泳げそうな気もして。……まったく泳げないのか?」
     リュカの言葉に、ウィルは頷いた。別に、隠すようなことでもない。
    「っつーか正しくは、泳いだことがない。ガジェストールは北国だから夏に泳ぐような習慣もないしな」
    「そうなのか……よければ泳ぎを教えるが?」
     ティアの申し出と同時に、その横のリュカがかっと目を剥いた。そして、何だか複雑な念をウィルに飛ばし始める。ウィルは肩を落とした。
    「……。気持ちだけ、ありがたく。どうせ、誰かが荷物見てなきゃならないしな。俺は上がってる」
    「そっかぁ。ざんねーん。荷物お願いね、ウィルちゃん!」
    「お前に言われるまでもねーよ」
     そう言ってウィルは踵を返し、砂浜まで戻ったのだった。

     潮騒が、幾度も幾度も繰り返される。ウィルはビーチパラソルの下で胡坐をかきながら、目を閉じた。
     ウィルも実は海に来るのは初めてだ。潮風がべたべたするのが若干不快であるものの、この優しい音が満ちる空間は悪くないと、そう思える。
     リアの弾けるような笑い声も、ユートが何やらリュカをからかってそれに怒鳴り返すリュカの声も、何だか遠くて。
     穏やかな表情で目を閉じていたウィルは、さくりと砂を踏む音に目を開けた。気配で誰だか分かるほど、この気配が隣にあることに慣れたのかと思うと、淡い苦笑が滲む。
    「……ソフィア」
    「お、お疲れ様です! ……喉、渇きませんか?」
     そう言って差し出されたのは、クリアカップに入ったジンジャーエールだ。言われてみれば喉が渇いているかもしれない。
    「……ああ、悪いな」
    「いえいえ。はい、どうぞです」
     にこにことしたソフィアから、カップを受け取る。ソフィアはちらりとウィルの隣を見て、首を傾げた。
    「……隣、いいですか?」
    「あ? ああ、どうぞ。……よく金なんか持ってたな?」
    「ユートさんが貸して下さいました。無くしても惜しくないくらいの小銭を持っておくと、何かと便利なんだそうです」
    「……なるほど」
     頷くウィルの横に、ソフィアがそっと腰を下ろす。
    「……んじゃ、いただきます」
    「はい、どうぞ〜」
     ジンジャーエールはよく冷えていた。暑さのせいでカップがすぐに汗をかきだし、冷たい雫が膝に落ちる。
    「うおっ!? 冷てっ!」
    「あはは。おいしいですね〜」
     ソフィアが飲んでいるのは、オレンジジュースだ。こちらも既にカップが汗をかいて雫が落ちている。
    「……ウィルさん」
    「あ?」
    「……ありがとうございます。海に来れてよかったです」
     そう言ってソフィアは海を眺めている。口元には仄かに笑みが浮かんでいた。
    「なら、よかったな。楽しんだみたいだし」
    「はい! ……ウィルさんは?」
    「は? ……俺?」
    「はい。……楽しい、ですか?」
     ソフィアの目は真剣だ。もしかしたら、ウィルが一人でここに残っていたことを気にしているのかもしれない。ウィルはしばし考え込む。
    「……こういう雰囲気は、嫌いじゃねーよ」
     何も、一緒にはしゃぐだけが楽しむことではないだろう。微妙に答えになっていないかもしれないとは思ったが、そう言葉を返す。すると、そのウィルの意図を汲んだかのようにソフィアが笑った。
    「……はい」
     そのまま、ジュースを全部飲み終わっても動こうとしないソフィアに、ウィルは微かに首を傾げた。
    「いいのか? いかなくて。さすがに泊りがけは出来ねーぞ?」
     もう少し遊んで来ればと促すウィルに、ソフィアは小さく首を横に振った。
    「いいんです、ここにいます。私もこの雰囲気、好きですから。……潮騒が心地いいですね〜」
     そう言って目を閉じるソフィアに、ウィルも微かに笑って。同じように目を閉じたのだった。 

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