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    記憶のうた 番外編:旅の合間に(1)

    「な〜んか、ここ数日あっついよねぇ〜」
     ガジェストールに戻る道中。リアは手を団扇代わりに振って顔に風を送りながら、そう言って天を仰いだ。
    「確かにな。この地域は暑くなる場所ではあるが……この時期にここまで暑いのは、珍しい」
     ティアがそう言ってこくりと頷くが、その顔は涼しげなままだ。汗一つかかないその様子では、暑がってるようにはとてもではないが見えない。
     だが、確かに今日は暑い。何もしていなくとも、外にいるだけでじわりと汗が滲んでくる。空に浮かぶ太陽はまだ東寄りの位置にあり、これからどんどんと気温が上がっていくのだろうと思うと、ウィルは若干気が滅入った。
     ガジェストールはこの大陸の最北に位置する国だ。夏よりも冬の方が長く、夏場も物凄く暑くなる日は片手で数えるほど。つまり、ウィルには暑さに対する耐性がないのだ。
     なけなしの体力が、この暑さでじりじりと削られているような気もする。
    「こういう時はアイスとか食べたいよね。ね、ティア」
    「ああ。……いいな、アイス」
     すかさずティアが喜びそうな話題を振ったリュカに、ティアがこくんと頷く。ティアの固い表情が若干緩んだように見えたのはウィルの気のせいか、それともなかったら、多少なりともティアの感情を掴める様になったのかもしれない。
    「ふふん。だっめだなぁ〜、坊や。そこで出す話題がアイスなんて色気ないよ〜? だからフラれるんだよ〜」
    「失礼なっ! フラれてないし!! だいたい色気ある話題って何だよ!?」
     ティアとリュカの関係は、正直言って色気以前の問題だとウィルは思っていたりするのだが。ウィルの隣で、ソフィアとリアもひょこんと首を傾げている。
     ちなみに、肝心のティアはというと既に何アイスがいいかという妄想に入っているらしく、小さくスイカバーも捨てがたいと呟いているのが聞こえた。
     そんな周りの様子などお構いなしに、ユートはにっこりと満面の笑みを浮かべた。
    「分かってないなぁ、坊や。夏と言えば、海! 砂浜! スイカ! そして……水着!!」
     人通りがないとは言え、町の近くで大声で宣言することではない。そんな内容を力一杯口にしたユートは、くるりとウィルに向き直った。物凄くいい笑顔だ。
    「ね? 御大!」
    「俺に振るなぁぁぁぁっ! 第一、今夏じゃねぇ!」
     確かにこの地域はこの大陸でも一番気温が高くなる地域で、ほぼ一年中海に入れるような気温だという話だけれど。ユートの話は既に根本から間違っているのだ。
    「あんま細かいことは気にしちゃいけないよー。御大。おっきくなれないよー?」
    「なれなくても一向に構わんわ!!」
    「なっにぃぃぃぃ!? 僕はこんなに大きくなりたいって思ってるのに! 羨ましいぞ、ウィル!!」
    「リュカ、うっせぇ! よく分からない絡み方すんじゃねぇっ!」
     ウィルの怒鳴り声に近い突込みに、ティアが現実の世界に戻ってきたようだ。目の前の男三人組を見て、数度瞬く。
    「……楽しそうだな」
    「どこをどう見たらそうなるっ!!」
     物凄く不本意な言葉にウィルは反射的に切り返してから、息をついた。正直、疲れた。暑い中怒鳴るというのは、非常に体力を使うものなのだ。
    「ね、ね? おーんたーい。海行こうよ海。うぅーみぃー」
     よっぽど水着が見たいのか、やたらと海を強調してくるユートに、ウィルは眉をしかめた。
    「ふざけんな。こっから海なんて、馬車でも半日くらいかかるんだぞ」
    「そーんなこと言っちゃってぇ〜。本当は御大も行きたいでしょ? 海」
     すでに絡み方が酔っ払いのようである。もしかしてこいつ朝から呑んでるのかとも思ったが、酒の匂いはない。ユートが呑む酒は度数が高いので、すぐに分かるのだ。
     となると、素面状態でこのテンションということになる。……頭が痛い事実であった。ウィルはこめかみを軽く揉んだ。
    「は? そんなこと言ってねーし。というかどう解釈したらそうなる」
     ユートがにんまりと底意地の悪い笑みを浮かべ、ウィルと肩を組んだ。耳元に口を寄せ、小声で呟く。
    「またまたぁ〜。見たいくせに〜。……お姫の水着姿」
     きっと可愛いよ〜? と言うユートを、ウィルは振り払った。
    「あ、アホかぁぁぁ! いや、知ってたけど! お前、アホか! いや、アホだ!」
    「あはは、照れてる照れてる〜。春だねぇ」
    「さっき夏とか言ってたのはどこのどいつだーっ!!」
     そんな会話をぼんやり聞いていたリアがふーっと小さく息をついて、額の汗を拭う。
    「でも、本当にあっついよぉ〜。ねぇ、ぽちー?」
    「む、むむぅぅぅぅ……」
     いつもと鳴き方が違うのは、暑さのせいなのだろうか。ぽちが気だるげな声を出す。
    「海かぁ〜。いいよねぇ、うみー。あたし海って行ったことないの〜。ソフィアちゃんは?」
     尋ねてから、ソフィアの記憶に関することを思い出したらしい、リアがあっと小さく呟いて口を押さえた。しかし、ソフィアは気にしたような様子もなく、考え込む。
    「ううーん。そうですねぇ。見たことあるかは分かりませんが……一度、見てみたいです」
     楽しそうな表情とその会話に。ユートが勝利のガッツポーズを天高く繰り出し、ウィルががっくりと肩を落としたのだった。

    「あ、コラ! リア! 準備運動もしないでいきなり海に入るんじゃねぇっ!」
    「むぅ〜! ウィルちゃん細かいー。保育士さんみたいー!」
    「うるっせぇ! 細かく言われるのが嫌ならきちっとやりやがれ! そうすりゃ俺だってこんなこと言わねーですむんだよ!」
     ピンクのフリルがついたワンピース型の水着姿で海に一直線に突撃しようとしていたリアが、ぷうっと頬を膨らました。海水に濡れたら大変ということで、さすがにぽちはお留守番だ。
    「……ウィルの言うとおりだ、リア。準備運動はした方がいい」
     淡々とそう言いながらリアに歩み寄るティアは、白いビキニを着ていた。スタイルの良いティアに似合ってはいるが。
    「あっははー。さっすが姐さん。眼福眼福〜」
     堂々とそう言って笑い飛ばすユートの横で、ウィルは微かに目を逸らした。何となく、目のやり場に困る。
    「ぬあああああ! ユート! やましい目で見るんじゃない! 見るなぁぁぁぁっ!」
     ユートの視界を塞ごうと躍起になっているのはリュカだ。さっきから手を伸ばしたり飛び跳ねたりしているが、いかんせん二人の間には埋めがたい身長差というものが存在する。
    「……砂埃がたつだけで、全然効果ないからやめろ!」
    「だ、だってぇぇぇぇ! あああ、もうお願いだから見ないでぇぇぇ!」
     半分ぐしぐし泣いているのは、そんなにティアの水着姿を見られたくないのか、それとも必死な自分の行動がまったく報われないせいなのか、判断しがたい。やや呆れながらそんなリュカを眺めていると、横で砂を踏む音がした。
    「……何で、リュカさんが泣いてるんですか……?」
     その声に、ウィルは反射的に顔を向けた。薄い水色のビキニに腰にパレオを巻いたソフィアが、不思議そうな表情で立っている。ウィルは、何となく視線を逸らした。
    「……理想と現実の世知辛さに泣いてるんじゃないか?」
     主に、身長面で。色々省いてはいるが間違ってはいないと思う。
    「ええ?」
    「ソフィアちゃーん! 準備体操して、泳ごうよ〜っ」
    「あ、はい! ウィルさんも行きましょう!」
    「え? あ、おい!」
     腕を掴まれ、引っ張られる。よほど気持ちが高ぶっているに違いない。その顔はとても楽しそうだった。  

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