記憶のうた 番外編:Sweet planオマケその2
「あ、ティア! やっぱりここにいた!」
満面の笑顔でやってきたリュカに、厨房で一人、鍋の中身を泡だて器でひたすら混ぜていたティアは、微かに顔を上げた。
時間が空いた時、ティアはこの場所にいることが多い。舌の確かさを買われ、アドバイザーのようなことまでしていたりする。ティアとしては王宮付きのパティシエ達渾身の最新作を試食出来るのだから、こんなに嬉しいことはない。
空いてる時間なら厨房を好きにしてもいいという許可があっさりと出たのも、ティアがパティシエ達との間に築いていた友情と信頼関係のおかげだろう。
リュカは周囲を見回しつつ、カウンターの席に着く。
「何か……色々甘い匂いがする。それと……ちょっとだけ、お酒?」
充満する甘い匂いの中から、微かに漂うアルコール臭を嗅ぎ分けるリュカも、只者ではない。ティアはこくりと頷いた。
「ああ。チョコレートケーキに、スノーボール。それからチョコレートボンボンを作ったからな」
「チョコばっかりだね。……しかもチョコレートボンボンって……」
普段のティアならばあまり作らないような物に、リュカは疑問の声を上げる。しかし、答えはすぐに浮かんだ。
「あ! もしかして……バレンタイン?」
常にティアと行動を共にしているリュカは、何気にお菓子のことには詳しい。ティアは泡だて器を動かす手を休めぬまま、こくりと頷いた。
「ああ。リアがユートに世話になったらしく、お礼がしたいと言ってな」
「ええ!? リアが!? ユートに!? ……ああ、でも何か納得。それで、チョコレートボンボンなんだね〜」
「ああ。……さっき渡しに行った」
「へえ〜。リアと二人で作ったの?」
その問いに、ティアは首を横に振る。
「いや。ソフィアと三人で、だ」
「ソフィアと? ……あ、もしかして……ウィル?」
「そうだ。よく分かったな。最初は、イベントに便乗して滞在のお礼をしようという話だったんだが……。ソフィアから、ウィルに感謝の気持ちを贈りたいと相談を受けてな。スノーボールを教えることになったんだ。そうしたら、リアもユートに贈りたいとなって……」
常になく饒舌に語るティアの目元が微かに和む。
友人と呼べる人達と一緒にお菓子作りをしたことが、楽しかったに違いない。
そんなティアの表情を見ることが出来たのは、リュカも嬉しい。だが、リュカにはひとつだけ気になる点があった。
「……チョコレートケーキも作ったんだよね?」
「ああ。三人でな。今日の夕食のデザートに登場予定だ。改心の出来だぞ」
恐る恐る問いかけるリュカは、コンロの火を止めつつあっさりと放たれたティアの言葉に、カウンターに沈没した。
ソフィアがウィルへと感謝の気持ちと、もしかしたら自分でも気付いていない好意を込めて贈った、スノーボール。そしてリアがユートへ世話になったお礼の気持ちを込めて贈ったチョコレートボンボン。
自分だってとほんのちょっとだけ期待してしまったのだが、見事に打ち破られた。
「そっか……。夕飯、楽しみだね」
カウンターに沈没したまま、情けない笑みを浮かべるリュカの耳に、小さな食器の音が響いた。
「?」
ふと顔を上げると、そこには白いカップが置かれていた。並々と注がれた茶色い液体に、そこにちょこんと乗った生クリーム。そして、ふわりと漂うチョコレートの甘い香り。
「これ……」
「ホットチョコレートだ。バレンタインだからな。感謝の気持ちを込めて。……ありがとう。リュカ」
その言葉に、リュカの頬があっという間に緩む。リュカはがばりと勢いよく起き上がり、カップに手をかけた。
単純でも何でもいいのだ。リュカは物凄く幸せだった。
「こっちこそ、ありがとう。ハッピーバレンタイン! ティア!」