からんという音を聞いたような気がして、ウィルはふと目を開けた。
しばし呆然と天井を見つめた後、額に手を当てて数度瞬く。
「……寝てたのか」
時計を見れば、三時を二十分ほど過ぎている。いつもの休憩時間は過ぎてしまっているが、これくらいならばまあ問題はないだろう。
疲れは自覚していたものの、まさかソファに座った瞬間に寝入る程とは思ってもみなかったと苦笑したところで、膝に掛けられたブランケットの存在に気付く。
普段、棚の中に仕舞いっぱなしで使うことのないそれをまじまじと見つめた。
当然のことながら、自分でかけた記憶などあるはずがない。
そういえば、ウィルがこのソファに移動したのは休憩をするためで。ソフィアがお茶の準備をしていたはずだと気付くまでに随分と時間がかかった辺り、まだ完全には覚醒していなかったらしい。
ウィルは視線を巡らせかけて、眉をしかめた。
自分が寝ていたソファの反対側の隅で、小さな寝息をたてているソフィアの姿があった。
ソフィアの目の前には、アイスコーヒーのグラスがひとつ置かれている。先程のからんという音は、グラスの中の氷が立てた音だったらしいと、ウィルは微かに汗を掻きはじめているグラスを目にして判断した。
目覚めたウィルにアイスコーヒーを出そうとでも思っていたのだろう。普段はホットを淹れることが多いソフィアが、わざわざアイスコーヒーを淹れている理由は、それくらいしか思い浮かばない。
時間を見計らって準備をして。準備が整ったところでソファに腰掛けたら、何故かそのまま眠ってしまった。そんなところだろうか。
詰めが甘いというか、何というか。最後のところで抜けている。
そんなところもソフィアらしいといえばらしいのかもしれない。
ウィルは、小さく苦笑を零した。
「……しょうがないヤツ」
そう呟いて、ソフィアを起こそうと立ち上がって手を伸ばしかけ、止める。そのままふと表情を改めた。
ソフィアは何かとウィルの身体を気遣っているが、その実疲れているのはソフィアの方なのではないだろうか。
エアリアルとは異なる慣れない環境で、知人が多いわけでもなく、しかも一部の貴族達はソフィアに対してあからさまに侮蔑の視線を向けている。そんな状況で、気疲れをしないわけがない。
ウィルは小さくため息をついた。
この城は、ソフィアにとっては住みやすい環境とは言い難いだろう。分かっていても、どうにも出来ないというのが現状だ。事は政治にも関わってくる。ウィルが簡単に口出しできるような問題ではない。
「……むぅぅ……」
聞き覚えが歩きがする奇声に、ウィルは再び苦笑を浮かべた。
ソフィアはどこか間の抜けた、けれど幸せそうな顔で眠っている。
気疲れが多いだろうこの城の中で、気を張る必要のない場所というのは必要だ。そうして、この場所と時間がそのひとつであれるならば、それでいいのだと思う。
「……まあ、安心しすぎだろって説もあるが。……って、俺もか」
男と二人きりの部屋であっさりと寝入るソフィアもソフィアだが、公務の最中に眠ってしまった自分も気を抜きすぎだ。
それほどに、穏やかで寛げる時間であるということは否定しないけれど。
ウィルは苦笑を浮かべたまま、ソフィアが掛けてくれたブランケットをソフィアにかける。
そうして、アイスコーヒーのグラスを手に取ると、仕事を再開すべく執務机に向かったのだった。