INDEX 

    記憶のうた 番外編:それぞれの嗜好


    「ウィルちゃんっていっつもブラックコーヒーだよねぇ? 美味しいの? 苦くない?」
    「……そりゃ苦いけど」
     けれど、コーヒーは嗜好品だ。砂糖やミルクの有無は個人の好みにもよるだろうが、この独特の苦味や風味を楽しみたい人間のための飲み物だ。
     それにウィルは、自分の好みに合わない飲み物をいつものように飲むという奇特な趣味は持ち合わせていない。
    「よく飲めるねぇ。あたし、コーヒーだめ〜! 苦いんだもん」
     コーヒー牛乳とか甘いカフェオレなら大好きなんだけどなぁ、と呟くリアの今日の飲み物はオレンジジュースだ。種類はともかく、リアはジュースを選ぶことが多い。
    「……まあ、確かに。最初飲み始めた頃は旨いとは思わなかったな。そういえば」
    「……美味しくないのに、飲んでたんですか?」
     ソフィアがティーカップを両手で包み込んで首を傾げる。
    「ああ。眠気覚ましに。……今は、好きだけど」
    「眠気覚まし……ですか。苦いですし、カフェインもたっぷりですからね。……私は、ブラックだとちょっと苦手です。せめてミルクがないと……」
     そう言うソフィアのカップの中身は決まってミルクティーだ。紅茶が好きらしい。
    「ティアさんは……甘い物を飲んでいることが多いですけど……」
    「でも、時々ブラックコーヒー飲んでることもあるよね? どっちが好きとかある?」
    「いや。どっちも、だな。コーヒーに合うお菓子も多い」
     結局甘いものが中心らしいティアの言葉に、ウィルは苦笑を浮かべた。今日のティアがコーヒーを飲んでいるのも、デザートに合わせてのことだとようやく納得がいく。
     そんなティアの定番はホットココアかホットチョコだ。
    「はい! 僕は――」
    「坊やは牛乳でしょ〜」
     手を上げたリュカを遮って、ユートがニヤニヤ笑いを浮かべながらからかう。
    「う、うるさいなぁ! いいだろっ! 僕は牛乳が好きなの! それに今日飲んでるのは牛乳じゃないっ!!」
     リュカの言葉に、全員の視線がリュカの手元にある白い液体が入ったグラスに向けられた。
     どこをどう見ても牛乳にしか見えないのだが。
    「……じゃあ、それは何なんだ?」
    「飲むヨーグルト」
     結局乳製品だ。あまり変わらない気がするのはウィルの気のせいだろうか。
     ユートは腹を抱えて大爆笑している。どうやらツボに入ったらしい。
    「あっはははは! 坊やって努力家だよねぇ。俺様尊敬しちゃうわ〜」
    「嘘だっ! 絶対馬鹿にしてるっ!」
    「そんなことないって〜。ほら、見て。目尻に浮かぶ感動の涙」
    「泣くほど笑ってたせいだろ!?」
     そんな心温まるやりとりを平然と聞き流し、ウィルはユートが持つカップに視線を落とす。
    「そういうユートは何飲んでるんだよ?」
    「あ、それあたしも気になるっ!」
    「……少し、アルコールの匂いがする気がするのだが……別の何かに邪魔されてよく分からないな」
    「えっ!? ユートさん、お酒飲んでるんですか!?」
     ちなみに今は朝で、今日も旅路は進む予定だ。
     ユートはからからと笑う。
    「だぁいじょうぶ〜。ちょっと入ってるだけだし、俺様ザルっていうかむしろ枠って言われるくらい酒超強いから〜」
    「安心しろ。足手まといになるようなら置いてくだけだ。……で、結局中身は何なんだ?」
    「ひどいわ、御大! アタシを利用するだけ利用して棄てるのねっ!?」
    「気持ち悪っ!」
    「とまぁ冗談はさておきー。これの中身だけど……」
     そう言ってユートはカップを傾けた。見えるのは、湯気の立つ緑色の液体。
    「え? ユートちゃん……何なの?」
    「ホット青汁アルコール割り」
    「「「気持ち悪っ!!」」」
     ウィル、リア、リュカの三人の声が綺麗に重なり、ティアが反応に困ったように瞬く。ティアも若干目を剥いているところをみると、充分衝撃的だったらしい。
    「おいしいよ〜? 身体にもいいし」
     確かに身体にはいいだろう。温かい飲み物は体の代謝を高めるし、青汁だって健康食品のひとつだ。アルコールだって程よく摂取していれば、百薬の長といわれるようなものなわけで。
     だが、しかし。詰め込めばいいってものでもない。どうしてこんな異様な組み合わせに辿り着いてしまったのか。
    「御大、味見どぉ?」
    「……未成年なんで、遠慮しとく」
     ガジェストールでは一応成人しているが、今いるこの国の法律では二十歳以上を成人としているはずだ。郷に入っては郷に習え、である。
     ウィルはこの国の法律に心から感謝した。
    「あー。そっか。……じゃあ〜、自称大人の坊や」
    「自称じゃない!」
     ウィルは目の前でざくざくと墓穴を掘る人間を目の当たりにした。
    「じゃあ無・問・題! うりゃっ」
    「もがっ!? ……!?」
     人の顔色って青汁色に変化するんだな。
     そんな感想を抱きつつ、ウィルは心の中でリュカに祈りを捧げることにした。
     リュカに幸いあれ。

     INDEX 

    Designed by TENKIYA
    inserted by FC2 system