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    記憶のうた 番外編:まつりうた(2)

     祭りはそれなりの人手で賑わっていた。
    「わあああ、楽しそうー! あ、ヨーヨー釣り発見! ユートちゃん、あたしあれやりたい!」
    「どれどれ? あ、本当だ。その前にイカ焼き買っていい?」
    「いいよー。あたしもイカ焼き欲しい!!」
    「むぅぅ!」
     そんな若干テンションの高い会話と共に、リアとユートのコンビがイカ焼きの屋台に突進して行ったかと思えば。
    「ティア! ティア! はい、林檎飴! 向こうにわたあめも見つけたよ!」
    「ありがとう。……たこ焼きも捨てがたいな」
    「屋台の定番だよね! 買って来る!」
     ティアに林檎飴を手渡したリュカが、次はたこ焼きの屋台に向かう。その後ろを、ティアは林檎飴を舐めながらゆっくりとついていく。
     自由気まますぎる面々に、ウィルは小さくため息をついた。
    「……あ、そうだ。迷子になるんじゃねぇぞ。ソフィ……」
     そこまで言って言葉を切らざるを得なかったのは、隣にいるはずの少女の姿が既になかったからだ。
    「……早速か!」
     思わず虚空に突っ込みつつ、後ろを振り返る。紛れそうな人ごみの中に、辛うじてソフィアの姿が見えた。膝を折って、幼い少年と話している。少年はぼろぼろと泣いており、見るからに迷子といった様子だ。
     ソフィアは穏やかな笑顔のまま少年に話しかけ、右手を少年に差し出した。少年がこくりと頷き、ソフィアの手を取る。微笑んだソフィアが立ち上がり――あれ、と首を傾げた。
     ようやく、自分が仲間達とはぐれたことに気付いたらしい。困ったように周囲を見回す。微妙に死角になっているのか、ソフィアがウィルに気付くことはない。しばらくそうしていたが、少年が不安そうな表情で自分を見上げていることに気付くと、慌てて笑顔を取り繕った。
     三人寄れば文殊の知恵。そんな言葉もあるが、迷子は何人集まったとしても迷子のままだ。むしろ、余計悪化しそうである。
     そんなことを思いながら、ウィルに背を向けて歩き出したソフィアの背を、ため息をつきつつ追いかけた。
    「……どこに行くんだよ、お前は」
     肩を叩きつつそう声をかければ、ソフィアが弾かれたように振り返る。
    「ウィ、ウィルさん!?」
    「祭りに来て早速、迷子共々迷子になってんじゃねーよ、ったく……」
     呆れたようにそう言うと、ソフィアがしゅんと肩を落とした。
    「うっ……。すみません」
    「お、おれは迷子なんかじゃないやい!」
     幼い声に見下ろせば、ソフィアと手を繋いだ少年が、涙をぐいっと拭っていた。五、六歳ぐらいだろうか。負けん気の強そうな少年だ。男に弱みは見せたくないと、その瞳が語っている。
     ウィルは息をついた。
    「……そーかよ。じゃあ、お前のとーちゃんかかーちゃんが迷子なのか?」
    「そ、そうだよ! 離れちゃだめって言ってたくせに、ふたりとも目を離すとすぐふらふらどっか行っちゃうんだ!」
     多分、少年がいつも母親に言われているセリフなのだろう。ウィルは小さく笑うと、がしがしと少年の頭を撫でた。
    「じゃあ、迎えに行ってやんないとな。……迷子センター行くぞ」
    「だから、おれは迷子じゃないって……!」
     ソフィアの手を振り払ってそう叫んだ少年を、ウィルは苦笑と共に片手で抱き上げた。いくら運動が苦手とは言っても、これくらいの腕力はある。
    「迷子のとーちゃん、かーちゃんを迎えに行くんだろ? 迷子センターに行くのが一番早いじゃねーか」
     そう言いつつ、空いた左手でソフィアの右手を取った。
    「う、え? ウィル、さん……?」
     戸惑いを含んだ奇声に、ウィルは苦笑を零す。
    「放っておいたら、迷子になりかねないからな、お前は。……行くぞ」
    「は、はい……」
     ソフィアが、きゅっと右手に力を込めてくる。ウィルはそのままで、迷子センターにゆっくりと歩を進めたのだった。

     その少年の両親は、あっさりと見つかった。迷子センターに入るなり、両親が声をかけてきたのだ。ちょうど、迷子センターに少年が迷子になったと届け出ていたのだ。去り際に、少年はウィルとソフィアにとビー玉をいくつか渡してくれた。
     お礼のつもりらしいと、何だか微笑ましい気分になりながら、少年と両親の背中を見送る。
    「す、すみません。ウィルさん……手、あの……」
     そう言われて、ウィルはソフィアと手を繋ぎっぱなしだったことに気付いた。
    「……ああ、悪い」
    「いえ、違くて! ……私、手が汗っぽかったような気がして……!」
     やたらと目の前で慌てられると、何だか引きずられるように気恥ずかしくなる。手を繋いだだけで、何でこんなことになってるんだ、と内心焦り始めたとき、どんっと大きな破裂音が響いた。
    「え!? 何々!? 何ですかーっ!? ば、爆発!?」
    「違う! 花火だろ! ほら、あそこ!!」
     ウィルが指差した上空に花火が打ちあがる。しかし、場所が悪いらしい。花火は半分以上、目の前の木に隠れて見えなかった。ソフィアはよりよく見ようと、じりじりと後ろに下がり始める。
    「み、見えません……。もう少し後ろに下がったら見えるでしょうか……? ……痛っ!」
     突如上がった小さな悲鳴に振り返れば、髪を後ろの植え込みに引っ掛けたソフィアの姿があった。ウィルは呆れたように息をつく。
    「……何やってんだか」
    「うう。と、取れません……」
    「やめろ、いじんなって。余計こんがらがるだろ」
     そう言いながら近づくと、ソフィアはだってと涙目で零した。
    「……動くんじゃねーぞ?」
     ウィルはすっと手を植え込みに伸ばす。これは確かに自力で解くには少々難儀かもしれない、そう思いながら絡まった髪を植え込みから丁寧に外す。
    「す、すみません……」
    「別に。……取れたぞ」
     ソフィアはすっと頭を動かし、ほっと息をついた。
    「ありがとうございます。……うう、ぐちゃぐちゃです……」
     その言葉を聞きながら、ウィルは周囲に視線を巡らせる。この辺りは花火が見えにくいので、人通りもまばらだ。そのせいか少し離れたベンチも、誰も使用していなかった。
    「ソフィア。……あっち」
     指差した方向に目を向けたソフィアが小さく首を傾げる。
    「……ベンチ?」
    「いいから、座れ」
     そう言ってソフィアを腰掛けさせると、ウィルはソフィアの後ろに回って、辛うじて形を保っていた結われた髪を、解いた。
    「ええ!? ウィ、ウィルさん!?」
    「お前、今日それしか言ってないんじゃねーの? ……言っとくけど、手の込んだことはできねーからな」
     そう言いながら手櫛で、ソフィアの髪を軽く整える。それが気になるらしく、ソフィアはちらちらと後ろを見ようとしている。
    「こっち見んな! ぐちゃぐちゃになるぞ! ほれ、花火でも見てろ!」
     そう言って上空を指し示せば、辛うじて花火が見える。ソフィアが、小さくうわぁと歓声を上げた。
    「……ウィルさん、髪の毛結んだりも出来るんですね……」
     ウィルは、手を動かしたままちょっとだけ遠い目をした。
    「……まあなー。色々、仕込まれて」
    「凄いです。……私、あんまり得意じゃないんですよ。これも、ティアさんにやってもらって……」
    「ああ、あいつ器用そうだしな。……っと。こんなとこか」
     サイドの髪の一部をみつあみにし、後ろでまとめて束ね、お団子のようにする。
    「あ、ありがとうございます」
     そう言って柔らかに笑うソフィアに、ウィルは何となく視線を外す。
    「……別に、礼を言うほどのことじゃないだろ」
    「いいえ。……小さい子の扱いも上手でびっくりですよー」
     そう言って笑うソフィアは随分と楽しそうだ。
     どんっと一際大きな音が響いて、光の花が空に咲いた。
    「ね、ウィルさん。まだ、お祭りってこれからですよね?」
    「ああ。……ま、メインは花火だろうけどな」
    「……じゃあ、じゃあですね。……一緒に、屋台回りませんか? い、嫌じゃなければ」
     その様子にウィルは珍しく、柔らかい笑みを浮かべた。
    「……そうだな。行くか」
     その返事に、ソフィアが嬉しそうに笑う。祭りの夜はこれからだ。

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