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    記憶のうた 番外編:まつりうた(1)

    「……何の音でしょうか? これ……」
     通りかかった町で聞こえた太鼓の音や笛の音に、ソフィアはきょとんと首を傾げた。
    「祭囃子……」
     ぽそりと呟いたのはティアだ。その瞳が一瞬きらりと輝いたのを、ウィルは見逃さなかった。
    「え? お祭りっ!?」
     リアが目に見えてわくわくしながらティアを見上げると、ティアはこくりと頷く。
    「ああ。祭りだ……。何の祭りかは分からないが……神輿や、屋台があるぞ」
     心なしか、屋台という言葉が強調された説明だった気がする。なるほど、それがティアの心の琴線に触れたらしい、とウィルは納得した。確かに屋台料理って魅力的だよな、と何度か城下町の祭りにお忍びで出かけた経験を持つウィルは内心頷く。
    「おー、いいねぇ。お祭り。俺様、射的やりたーい」
     はいはーいとユートが手を挙げると、リアも楽しそうに手を挙げた。
    「あ、あたしもあたしもー。あたしもやりたーいっ! 他には何があるの?」
    「金魚すくいとか、ヨーヨー釣りとか?」
     ユートのその言葉に、リアは顔をぱああっと輝かせる。
    「うわあああ! 行ってみたぁぁぁい!」
    「むぅぅぅ!」
    「りんごあめは外せないな……」
    「あとわたあめもだよね! ね、ティア!」
    「うむ。さすがリュカ。分かっているな」
     好き勝手に盛り上がる一同に、ウィルは小さくため息をついて、空を見上げた。日は西に傾いている。今からこの町を出発しても、夕暮れまでには次の町に着かないに違いない。
    「……えーと、ウィルさん。どうします?」
     少し困ったような笑顔で、ソフィアが声を掛けてくる。ただ、ソフィアも祭りに興味はあるらしい。さっきからずっと、祭囃子の聞こえる方向を気にしている。ウィルは小さく苦笑した。
    「……仕方ないだろ。宿、空いてっかなー」
     ウィルはそう言って、町並みを見回したのだった。

     幸いなことに、宿屋はそんなに苦労せずに確保することが出来た。さすがに混雑していて、男女で一部屋ずつではあったが。
    「ああ、女性には無料で浴衣の貸し出しもしてるんで、どうぞー」
     宿屋の女将と思しきひとが、にこにことソフィア達に声をかける。
    「……浴衣? って何ー?」
     リアが首を傾げると同時にぽちも首を傾げた。
    「この辺りの伝統の衣装だな。……タダらしいし、いいんじゃねぇ? 祭りっぽくって」
     チェックインの手続きをしつつ、ウィルがそう言うと、リアがわぁいと声を上げた。
    「いこっ! ソフィアちゃん! ティアちゃん!」
     そう言って自分より身体の大きな二人の腕を掴んで引きずっていく辺り、リアは中々にパワフルだ。
    「ナイスだ、御大。いいねぇ、浴衣〜」
     やたら爽やかな笑顔でユートが親指を立てる。普段ならば、ここでリュカの反応があるのだが、今日は静かだ。そのことに気付いたウィルとユートは何となく顔を見合わせ、リュカの様子を窺う。
    「浴衣……浴衣かぁ。ティアは何でも似合うけど、浴衣も似合うんだろうなぁ……」
     当のリュカはどこか遠い世界に旅立っていた。ウィルは何となくそれを見つめてから、足元に置いた荷物を持ち上げる。
    「……おんたーい?」
    「……荷物、置いてくる」
     見なかったことにしよう。そう思って苦笑する宿の主人から鍵を受け取り、二階の部屋に向かう。
    「あ、俺様も手伝ったげるよ。あーなっちゃうと、からかいがいもないしねぇ」
     ユートがそう言って、女性陣の荷物もまとめて持ち上げ、ついてくる。
    「これは部屋に放り込んでおけばいいよねー?」
    「いいんじゃねーの?」
     そう言いながら、ユートに片方の鍵を渡す。廊下の突き当たりにある左右の扉が、ウィル達に割り当てられた部屋だ。ウィルは荷物から財布を取り出すとジャケットのポケットにねじこんだ。残りの荷物を適当な場所に置き、部屋に鍵をかける。
     鍵もポケットにつっこみつつエントランスに戻ると、リュカはまだ意識を遠い世界に旅立たせていた。
    「……待たせたな」
     低いアルトの声に、リュカがびくりと肩を震わせた。
    「ティ、ティア……!」
     黒い浴衣に大柄な白い花の浴衣を着たティアが、颯爽と現れる。
    「おー、姐さん色っぽーい! かぁーっちょいいー」
     口笛を吹きつつそう言うユートを、リュカはぎっと睨み付ける。そうしてリュカが口を開く前に、ティアがふと床に視線を落とした。
    「……私達の荷物は?」
    「あー。持ってっといたよー。俺様と御大で」
    「そうか。すまない」
     その会話に、途端にリュカが頭を抱えだす。荷物持ちでもいいから、ティアにいいところを見せたかったらしい。
     今度は、ウィルのことを睨み付けてきた。
    「何で僕にも声かけてくんないのさ!」
    「どこぞに旅立ってただろ、お前。……ティア、ソフィアとリアは?」
     半眼でリュカを見やってからティアに尋ねれば、ティアはちらりと背後を振り返った。
    「ああ。すぐに来る」
     その声に被さるように、ソフィアとリアの楽しそうな声が聞こえてくる。
    「……あ、すみません! お待たせしました」
     水色にピンクの小花が散りばめられた浴衣のソフィアに、ピンクの生地に花と蝶が描かれた浴衣のリアが顔を出す。それぞれ髪を高く結い上げていた。
    「えっへへ〜。どうどう? 似合う〜?」
    「む〜?」
     何故か自己主張をするぽちの首にも、リアが髪に結わえているのとお揃いのリボンが巻かれていた。
    「うんうん。可愛い、可愛い〜。お揃いだねぇ」
     ウィルは一同を見回した。
    「うし、揃ったな。……じゃあ行くか」
    「「わーい」」
     リアとユートが万歳といわんばかりに両手を上げて、祭りの夜は始まったのだった。

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