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    記憶のうた 番外編:当たり前の言葉


     ソフィアはリアと手を繋いで、森の中を歩いていた。
     エアリアルより帰還した一同は、ひとまずウィルの実家であるガジェストールの王宮に向かうことになったのだ。
     前をリュカとティアが並んで歩き、後ろをウィルとユートが歩いている。
     ソフィアとリアを挟むように歩いているのは、魔物が出た際に魔術の使用を禁止されたソフィアを守るためだ。リアの召喚術も精霊達の存在がソフィアにどのような影響を及ぼすか不明のため、ウィルより使用禁止を言い渡されている。
     どちらにしろ、木々が鬱蒼と茂るこの森の中では、ソフィアの魔術やリアの召喚術は使用が難しくはあるのだが。
     ふと、背中に悪寒を感じて。ソフィアは小さく肩を震わせた。
     その小さな反応を、ウィルは見逃さなかったに違いない。微かな衣擦れの音と同時に、ウィルが動く気配がした。同時に、前方を歩く二人が足を止め、それぞれの武器に手を伸ばす。
    「魔物だっ!」
     ウィルのその言葉は、リアに注意を促すためだったのだろう。隣を歩いていたリアが目を丸くして、後ろを振り返った。
    「ええっ!? ……ソフィアちゃん! 魔術、使っちゃだめだからねっ!」
    「むぅ!」
     リアとリアに抱きしめられたぽちに強い調子でそう言われて繋いだ手を強く握られれば、ソフィアは苦笑を浮かべて頷くほか、ない。
     ここで魔術を使えば、ウィルにだって怒られるだろう。
    「リア! ソフィアの手、離すなよ!」
    「りょうかーいっ!」
     リアが大真面目な表情でびしっと敬礼すると、ウィルはひとつ頷いて銃を構えた。同時に、木々を縫うように魔物の群れが現れる。その数の多さに、ソフィアは思わず息を呑んだ。
    「おお! 魔物の群れが現れた!」
     口笛を吹きつつ、緊張感のない声音でそう言うユートに、ウィルが呆れたような視線を向けた。
    「真面目にやれよっ!」
    「嫌だなぁ、御大。そんなの無理にきまってんじゃーん」
     へらりと笑いつつ、それでもユートが大剣の柄に手を伸ばす。その間に、リュカは抜き放った剣で狼型の魔物を一刀両断にし、ティアは双剣で虫型の魔物を切り落としていた。
    「ユート! 分かっていると思うが……」
    「はいはーい。魔術は使うな、でしょ? りょうかーい」
     軽い口調と裏腹に、重い一撃で熊型の魔物を叩き潰す。身の丈ほどの大きさの剣をいとも簡単に扱う姿は、何度見ても凄いと感じるソフィアである。
    「ユートってさ、お気楽だよねっ!」
    「いっやぁ〜。坊やに褒められると照れちゃうなぁ〜」
    「褒めてないしっ! って言うか、坊やって呼ぶなぁっ!」
     戦闘中だというのに間の抜けた会話に、ティアが目を瞬かせる。
    「……二人とも、仲いいな」
    「でっしょ〜?」
    「違うから! 仲良くないからね! ティア!」
     そんな会話の間にも魔物は次々と倒されていく。いくらこの辺りの魔物はそれほど強くないとはいえ、相当の実力がないとこのような真似は出来ないだろう。
     魔術は使うなと言われていたが、もし魔術が使えても呪文を唱えている間に戦闘は終わっているのではないだろうか。それくらいの早さで、戦いは終局を迎えようとしていた。
    「す、すごいです〜……」
    「わーい! みんな強ーい! 楽勝だったね!」
    「むぅ!」
     ウィルなんて、目の前で繰り広げられる漫才めいたやり取りに、額を押さえる余裕まで見せていたりする。
     そうして戦闘を終えた一同が王宮に辿り着いたのは、それから十分後のことだった。

     ガジェストールの王宮に辿り着いた途端、ソフィア達は次期国王であるアレクの執務室に通されることとなった。
    「……陛下にはご挨拶しなくていいんですか?」
    「父上はほぼ隠居状態だからな。今、国政を取り仕切ってるのは兄上だし。だから、最初に挨拶するのは兄上。父上には……まあ、あとで内々に」
     執務室に向かう途中、こっそりとソフィアが尋ねれば、ウィルが苦笑と共に返してくる。公の場での全権移譲は約半年後の結婚式及び戴冠式の時だそうだが、実務的にはすでにほぼ権限移行は終えているらしい。
     そうして入室した執務室で彼女たちを迎えたのは、アレクだけではなかった。
    「ウィル! それからソフィアも、皆さんも! お帰りなさい」
    「ふえええ!? ク、クレメンテ様!?」
     いきなりこの国の王妃が抱きついてくる、という事態に、ソフィアは目を白黒させる。
    「ああ、やっぱり可愛いわぁ」
    「母上、ソフィアが驚いてますよ」
    「そうね。ごめんなさい」
     アレクにやんわりと宥められたクレムは、そう言ってソフィアを離した。
    「ふふふ。皆様も驚かせてごめんなさい。ご無事で何よりですわ」
     アデルがそう言ってふわりと笑う。ウィルが小さく息をついた。
    「……早いですね。まさか、こちらにお出でになるとは思いませんでした」
    「まあ、だってお義母様はウィルからメールが来てすぐにこちらに参りましたもの」
     前回の帰還時に散々叱られたため、ウィルは王宮に着く前に帰還のメールを入れたらしい。くすくすと笑ってそう言うアデルに、苦笑気味のアレクが付け足す。
    「本当に、凄かったんだよ。母上。あっという間に客室の手配とかもしてね」
     その辺はさすがに元宿屋の娘だ。抜かりがない。
    「だって、皆さん戻ってきてくれたんだもの。お迎えしたいじゃない? ……改めて、皆さんお帰りなさい。また会えて嬉しいわ」
     そう言ってにっこりと微笑むクレムに、ソフィアはきょとんとして瞬きした。
     お帰りなさい。それは帰るべき場所に帰った時にかけられる言葉。エアリアルを、故郷を捨てた自分には縁がなくなってしまったはずの、言葉だ。
     けれど、その言葉を一番初めにかけてくれた人がいる。
     そっとその人に視線を向ければ、ソフィアの視線に気付いたのだろう。訝しげにソフィアを見て、それから小さな苦笑を零す。どこか柔らかいその笑みに、ソフィアも自然と笑みを浮かべた。
     もう、誰に言ってもらうこともないと思っていた言葉。
     ウィルに言われたとき、物凄く嬉しかったのだ。――ここにいてもいい、そう言われたようで。
     本当は、分かっている。魔力云々の問題ではなく、自分はここにずっといられるような立場ではない。
     それでも、こうしてここにいられることは奇跡のようで、幸せで。この言葉を返せることが、嬉しい。
     だから、ソフィアは幸せな思いを込めて、答えるべき当たり前の返事を呟く。
    「――……ただいま、戻りました」

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