記憶のうた 番外編:君の隣に
「リュカちゃんが二十一歳なのは分かったけどぉ〜」
ウィルとティアの間に漂う若干居心地の悪かった空気も収まり、リアは呑気な口調で首を傾げる。
「ティアちゃんは何歳なの? ……もしかして、リュカちゃんよりお姉さん?」
「いや」
ココアに口をつけるティアの返答は短い。
「……と、いうことはリュカの方が年上なのか……。見えねーな」
容姿も落ち着きも、どう見てもティアの方がリュカよりも年上の様に見える。
「失礼なっ! そう言う、ウィルは何歳なんだよっ!」
「十九」
「ええー!? 僕より二つも下ーっ!?」
「では、ウィルの方が私より一つ上だな」
「ティアさん、十八!?」
ウィルとティアの返答に、リュカと何故かソフィアが衝撃を受けた。
「そ……そんな……。僕より二つも年下の男に、身長も落ち着きも負けているなんて……」
がくりとリュカが項垂れる。身長はともかく、落ち着きがない自覚はあったらしい。
「十八……ですか」
一方、リュカと同じように項垂れるソフィアは、ちらりとティアに視線を向けた。その瞳がティアの頭からどんどん下がり、ある一ヶ所で止まりため息をつく。
「……私には、無理ですっ……」
悲壮感漂う呟きを洩らすソフィアに、ウィルは何も聞かなかったことにしておこうと思った。
世間一般の概念から見てスタイルが良いティアを見ての、この言葉だ。先程の視線の先や何を考えているかは、だいたい想像がつくような気がするのだが、口に出してはソフィアに酷だろう。……それ以前にセクハラか。
「え、えーと」
漂う異様な空気を感じたリアが、視線を泳がせながら話題を切り替えようと口を開く。
「し、身長って言えばっ! ウィルちゃん、結構背あるよね〜? んー、ティアちゃんと同じくらい?」
「そうだよっ! ウィル! 君、身長いくつ?」
がばりと起き上がったリュカに、若干身を引きつつ、ウィルは答えた。
「ここんとこきちんと測ってねーけど……百七十ちょい、かな」
「いーなぁぁ……。僕なんて、毎食牛乳飲んで小魚もいーっぱい食べてカルシウム摂取しまくってるのに……」
涙ぐましい努力である。
「……現在進行形でか?」
「もちろん! 僕の成長期はこれからなんだ! きっと!」
ぐぐっと力強く拳を握るリュカに、ウィルは乾いた笑いを浮かべた。
「あ、じゃあさ。ウィルちゃんに背を伸ばすコツとか聞けば?」
「むぅ!」
いいアイディアだと言うようにぽちが鳴く。ようやく浮上したらしいソフィアが、首を傾げた。
「……コツとかあるんですか?」
「……さあ」
ウィルは本気で首を傾げる。背を伸ばす努力などした覚えがない。父もそうだが、母も女性にしては長身な方だから家系なのではないかと思う。
「もったいぶるなよ! 何かあるだろ!?」
「……と言われても」
リュカの気迫に、ウィルは上半身を仰け反らせながら、困ったように呟く。
「あ、早寝早起きとか!」
規則正しい生活、といいたいのだろうか。ソフィアがぽんっと手を叩いて言う。しかし、ウィルは首を横に振った。
「いや? 結構、小さい頃からエンジニアの仕事してたし、三日間ほぼ徹夜とかもあったなしなー」
「……不規則だな」
ぽそりとティアが感想を述べる。今考えて見れば、発育には悪そうだ。そう言えば徹夜三日目に、せめて仮眠をしろと母に叱られたこともあった。
「くっ……僕は早寝早起きを心がけているのに〜」
「あ、あ……えーと、じゃあ! お食事はどうですか? 好き嫌いなく何でも食べる、とか」
「好き嫌いは……ねーけど。……うーん」
ウィルの言葉の歯切れの悪さに、リュカがじーっと視線の圧力をかけてくる。
「……仕事の追い込み中とか、飯食ってる時間もなくて……ゼリー飲料で乗り切ってた」
「知ってる〜! えーっと、二時間チャージ十秒キープ! ってやつ?」
「意味ねーし。めちゃめちゃ燃費悪いじゃねーかよ」
二時間食べ続けて、十秒しか保たない食べ物なんて、非効率的すぎる。
「あぁっ! リュカさん〜! しっかりして下さい〜」
「……毎食五十回はよく噛んで、好き嫌いせず食べてる僕はどうなるんだっ……」
テーブルに突っ伏してしくしくと鳴き濡れるリュカに、ウィルはため息をついた。
「おい、ティア」
「……何だ?」
いつの間に頼んだのだろう。ホットチョコレートを飲みながら、ティアは首を傾げる。今までの騒動も全く気にしていないらしい。マイペースにも程がある。
「お前、可愛いの好きなんだろう?ぽちとか」
こくりと頷くティアは、歳相応に見えた。
「……あっじゃあ、ティアちゃん! 小さいのは〜?」
こういう時だけ頭の回転の速いリアが、一瞬ウィルに視線をやってから口を開いた。
「……小さいの、か?」
「そうっ! うさぎとかー、ハムスターとか〜」
――リュカちゃんとか!
そこでリアがちらりとリュカに視線をやったのを、ウィルはもちろん見逃さなかった。続けられなかったリアの声が聞こえた気がする。
「……そうだな。好きだ」
「……だ、そうだ。良かったな、リュカ」
「う、うるさい!」
起き上がったリュカの顔はそれでも赤い。嬉しいは嬉しいらしい。
「それでも、僕は背が高くなりたいんだっ!」
そう言って牛乳を飲み干すリュカを見て、ティアが重々しく頷く。
「よく分からないが、頑張れ」
リュカの道は、まだまだ遠い。恋も、身長も。