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    記憶のうた 番外編:はちみつミルク(2)


     魔術のコントロールではソフィアよりも確実に実力が上のユートが、ウィルの眠る部屋に冷気の術を放つ。解熱剤の副作用なのかあっさりと眠りに落ちたウィルをひんやりとした部屋に残して、一同は早めの夕食を食べに一階の食堂にいた。
    「……大丈夫かなぁ。ウィルちゃん」
     野菜スープをスプーンでかき回しつつ、リアが珍しくため息をつく。リアの腕の中のぽちも心なしか元気がない。
    「心配だよね。……お医者さんが言うほど酷そうには見えないのに」
     リュカも牛乳に一口だけ口をつけると、カップをテーブルにことんと置く。
    「何で……ウィルさんだけ、なんでしょう」
    「ひどく体力を消耗していると言っていたな。免疫力が低下している、力の流れがおかしいと。……どういうことだ?」
     うーんと四人が考え込む中、ピーマンの肉詰めを分解していたユートがあっと小さく呟いた。
    「何々? ユートちゃん、どうしたの?」
    「いや……。しまったなぁ、俺様としたことが……声に出しちゃったよー」
     珍しく本気で困惑しているらしいユートの様子に、ソフィアとリュカは思わず顔を見合わせる。
    「どうした? ……心当たりでも、あるのか?」
    「あー、うん。まぁね〜。言っちゃっていいのかなぁ……。御大としては黙ってて欲しいんじゃないかなぁとか俺様思ってるんだけど」
     頬を掻きつつ呟くユートだが、ソフィア達の視線の圧力に観念したように息をついた。両手をひらひらと顔の横に上げ、こうさ〜んと呟く。
    「お姫にはちょっとショックかも。覚悟してよね? ……御大、ちょっと前に魔跡で『シュピーゲル』使ったでしょ? あれで、封印を解いたのはお姫だよね? ……じゃあ、『シュピーゲル』の形状を変化させたのは誰だったかな?」
    「え? 『シュピーゲル』って心を映して、魔術を反射するレーザー銃のエネルギカートリッジになったっていうアレだろ? それは、もちろん……」
     リュカが言いかけて口を紡ぐ。軽く眉をしかめた。
    「……ウィル、だな。しかし彼には魔力がない。道具に込められた魔術を使うならば魔力がない者にも可能だが……。形態変化は魔術になるのではないか?」
     ティアがユートを真っ直ぐに見て、問いかける。ユートは小さく頷いた。
    「さすが姐さん。鋭いね〜。……けどね、例外はあるんだよ。『シュピーゲル』は形が変わってこその道具だからね。使用者に魔力がない場合、別のもので代用するんだろうねぇ」
    「べ……別のもの?」
    「む?」
     ごくりと息を呑むリアとぽち。
    「……生命力」
     ソフィアがぽつりと口を開いた。その顔色は、ウィルよりもよほど悪い。
    「……そゆこと、推測だけどね。御大の状況を見ればほぼ間違いないんじゃないかなぁ。御大って元々そんなに体力あるほうじゃないじゃない? そこに生命力奪われて、体力とか免疫力とかがた落ちしてた……とか?」
    「……ソフィアちゃん、大丈夫?」
     心配そうに見上げるリアに、ソフィアは微笑んでみせる。
    「はい。……あの、すみません。ちょっと外に出てきてもいいですか? ……少し、頭冷やしてきます」
    「……うん」
    「分かったよ。気をつけて。何かあったら僕のこと呼んでね!」
    「はい」
     そう言って宿の外に向かうソフィアを、一同は見送るしかなかった。
    「……ソフィアちゃんのせいじゃないのに」
    「そうだな。あの時は、あれが一番最善の手だった」
    「……そうだよね。でも……ソフィアは自分を責めるんだろうなぁ」
    「だねぇ。お姫だからね。……そんで、それを叱れるのは御大だけっと」
     そうして四人は一斉に二階を、ウィルが寝ている部屋の方向を見上げたのだった。

     咽の渇きを覚え、ウィルはふと目を覚ました。
     ずっと寝続けていたらしい。窓の外はすでに夜の帳に包まれている。ウィルは凝り固まった首を回しつつ、ゆっくりと起き上がった。同時に額に乗っていたタオルがぼとっと布団の上に落ちる。ウィルはそれを手に取った。まだ温まりきっていないタオルはほんのりと冷たくて、誰かがこれを交換したばかりなのだろうと想像がついた。
     今は誰もいないようだが、この部屋は他の部屋よりも室温が低いからずっとこの部屋で看ていることは負担になるのだろう。交代制で様子を見に来ているのかもしれない。
     その時、ふと何か物音を聞いた気がして、ウィルは視線を巡らせたが特に変わった様子はない。
     気のせいかと窓の外に視線を移して、ウィルは自分の視界を掠めたものに目を見開いた。
     何度か瞬きをしたのは、さすがに熱で自分の視神経がおかしくなったのではないかと一瞬考えたからだ。
     だが、見間違えではない。反射的に動きかけたところで、淡々とした声が空から降ってきた。
    「――……大丈夫だ。一人には、させない」
     誰だと問うまでもない。ウィルは掠れた声で呟いた。
    「悪い。頼む」
     気配がふっと消えたのを感じて、ウィルは息を吐いた。
    「ったく、病人に心配させんなっつの」
     いや、先に心配させたのは自分か。小さく苦笑いを浮かべる。しばらくは眠れそうにない。

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