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    記憶のうた 番外編:はちみつミルク(1)


    「ありがとね〜。飛竜ちゃ〜んっ!」
     召喚された飛竜が虚空へと還っていく。その光景を眺めながら、ウィルは微かに眉をしかめた。
     野宿明けの朝から体調が悪い自覚はあった。しかし、見渡す限り森以外何もないこの現状で薬局や病院があるはずもなく、手持ちの風邪薬を服用し様子を見ることにしたのだが……。
     徐々に熱が上がっていく感覚と痛む節々にこれは不味そうだなと、冷静に考える。
     意識が朦朧とせず思考がはっきりとしているのが幸いだ。次の村までもうすぐのはずだから、最低限そこまで保てばいいのだが。
    「……ウィルさん? 大丈夫ですか? ……何だか、辛そうです」
     痛む節々に知らず眉をしかめていたらしい。ソフィアが心配そうにウィルを覗き込んだ。
     ウィルは小さく息を吐く。パーティー内に不調の者がいれば、全員に知らせなければならない。それによって戦闘にどのような支障がでるか分からないからだ。
    「……たぶん、熱がある」
    「えっ!? た、大変です!」
     ソフィアが目を丸くして途端におろおろとしだした。
    「……落ち着け。まだ、平気だ」
     ウィルとソフィアの様子に、仲間たちがわらわらと集まってくる。
    「え!? ウィルちゃん熱あるの!? 顔、赤くないよ?」
    「だよね。顔色、いつも通りだから気付かなかったよ」
    「御大ってば、ポーカーフェイス?」
     発熱による顔色の変化をポーカーフェイスでごまかせるとは思えないのだが。
    「顔色……普通なのか」
     ウィルは眉をしかめて、小さく呟いた。感覚的なものだが、普段よりは熱が高いような気はするのだが。
    「……すみません。ちょっと失礼しますね」
     ふわりとソフィアの手がウィルの額に伸びた。そして、触れられた手の冷たさに驚く。
     これは、ソフィアの手が冷たいというよりも、むしろ――……。
     ソフィアが息を呑んだ気配がした。
     もう片方の手を自分の額に当て、表情を険しくする。
    「え? ……待って下さい。ウィルさん、本当に大丈夫なんですか!?」
     緊迫したソフィアの様子に、ティアがすっとウィルに近付く。
    「……眩暈やら何やらはないな。……異常に節々が痛いけど」
    「失礼」
     ティアが短く断りをいれ、ウィルの額に触れる。普段変わらないティアの表情が、変わった。
    「……物凄い、熱だ」
     ウィルは疲れたように息を吐いた。
    「……らしいな」
    「む、村まであとどれくらいでしたっけ?」
    「あとちょっとだよ〜。ほら、屋根が見えた〜」
     焦るソフィアに、ユートがのんびりした口調で答える。
    「え〜? 嘘だっ。見えないじゃないか!」
    「そりゃ坊やがちびだからさ」
    「ちび言うなぁーーーっ!」
    「真横で怒鳴るなっ」
     叫びつつ、ウィルはこの地方の情報を記憶から掘り起こす。
     この症状は風邪じゃないような気がする。
     そして、ウィルにはこの病気に心当たりがあったのだ。

    「……レガルノ熱?」
     医者の言葉をソフィアがぽつりと繰り返した。
    「そう。この地域特有の熱病でな。症状は高熱とあとは間接の痛みくらいなんだが……」
    「レガルノ熱は体温が上がる割りに、症状が表に出てこないんだ。だから、熱が出てるって気が付かない奴が多い」
     村に着いた途端宿に連行されそのままベッドに押し込まれたウィルは、目を閉じたままそう呟く。
    「……よく知ってるな。そうなんだ。この病気は目に見えた変化がない。体温調節機能が狂わされてしまうんだ。風邪を引いた時のように顔が赤くなるわけでも悪寒がするわけでも、汗をかくわけでもない。……ただ、間接が痛いと感じるだけ。だから皆が風邪の引きはじめなのだろうと判断してしまう。……それがレガルノ熱の怖いところだ」
    「怖い? 何で〜?」
    「高熱が出ていることに気づかず適正な対処が出来ないから、か?」
     ティアがやや険しい顔で呟くと、医者は小さく頷いた。
    「そうだ。高熱が続けば脳がやられる。だが、罹患した者は自分の熱が高いことに気付かない。体は体温を下げる機能を失っているのに、だ。……気付いた時には、間に合わないケースが多い」
     医者の言葉に、ソフィアとリアが緊張したように息を呑んだ。
    「そんな……」
    「落ち着けって。……特効薬があると聞いた覚えがあります」
     冷静にウィルが聞くと、医者は本当によく知っている、と微苦笑を浮かべた。
    「ああ……レガルノの実、だな。だが、これはこの村の裏にある崖の上の木にしかならない。しかも月の魔力を帯びてるうちに採取しないと効力を失ってしまう」
     ウィルは小さく息をつく。ロム山といい幻妖の森といいこの村といい、よくよく崖に縁のある旅だと思った。
    「あ、ならリアの飛竜で楽勝じゃないか!」
     リュカの言葉に、リアは小さく首を横に振った。
    「……ごめん、無理なの。……同じ子を一日に二回も召喚出来ないの……」
     しゅんっと落ち込むリアの頭を、ティアが優しく撫でる。
    「裏の崖って……結構、高さあったよなぁ」
    「……特効薬が手に入らないだけの話だろ。……あとは、体力勝負ってとこか」
    「そうだ。……だが、君。ひどく体力を消耗しているな? 免疫力がかなり低くなっている。旅の疲れとは違うようだ」
     医者の言葉に、ウィルは微かに目を見開いた。
    「私は多少魔術もかじっているのだが……君の力の流れが僅かにおかしい。最近、魔術絡みで何かなかったかね?」
     医者の言葉に、ウィルは一瞬だけ考え込んで、ゆっくりと首を横に振る。
    「特に、心当たりは」
    「そうか。……解熱剤は出すが、今の君の体力では若干危うい。……酷なことを言うようだがね。出来るだけ、身体を冷やすようにしなさい。中から冷やせないなら、外から冷やす他はない」
     緊迫する周囲を余所に、ウィルは小さく頷いた。
    「分かりました。……ありがとうございます」

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