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    記憶のうた 番外編:晩餐会のその前に


     客室に電子音が響き、次いで柔らかな声音が来訪を告げた。
    『皆様、アデルです。お夕飯のお迎えに参りました』
    「あ、はい!」
     扉の隣に備え付けられたパネルに駆け寄ろうとしたソフィアを、リアが片手を挙げて制する。
    「あ、あたしやりたーい! 触ればいいんだよね?」
     無邪気に笑うリアに、ソフィアはどうぞと微笑んだ。
    「えーいっ!」
     ぺし、とパネルに触れれば、扉が微かな音と共にスライドする。その先には、にこやかな笑顔のアデルが立っていた。
    「皆様、よくお休みになれまして?」
    「あ、はい。おかげさまで!」
     緊張してこくこく頷くソフィアにアデルは微笑んだ。
    「そんなに緊張なさらないで? ご一緒させていただく機会も多いでしょうし、気疲れしてしまいますわ」
    「う……はい」
     ソフィアは困ったように頷いた。そして、一同はアデルの先導の元、歩き出す。
    「でも、本物のお姫様がすぐ傍にいるんだもん! 何か凄くてどきどきしちゃう」
     リアの言葉に、アデルは小さく小首を傾げた。
    「あら? でも、ウィルには緊張なさったりはしないでしょう? 同じように接してくださればいいのですわ」
     さすがにそういう訳にはいかないような気がする。
    「……それは、難しいかもしれない」
     ぽつりと言ったティアに、アデルはさらに不思議そうに首を傾げた。
    「あら、どうしてですの?」
    「僕達、ウィルが王子様だとは知らずにいましたし、仲間ですから……。やっぱり何か違うっていうか……」
     上手い説明の言葉が見つからずに口ごもってしまったリュカに、アデルは微笑んだ。
    「仲間、ですか。……ウィルは今回の家出で本当に得がたいものを得ましたのね」
    「い、家出……?」
    「家出ですわ。何も言わずに出て行ってしまったんですもの。事後報告のメールはよこしたようですけれど」
     そう言って怒るアデルの表情は、ウィルを心底案じていたことを物語っている。
    「えーと、アデレート様はウィルちゃんの……」
     クレムの爆弾発言で、アデルがウィルの初恋の人らしいとは聞いてはいるもののきちんとした関係は実はよく分かっていない。リアはぽちを抱えなおしながら尋ねると、アデルはにっこりと笑った。
    「幼馴染ですわ。昔は私とアレク様とウィルの三人で遊んだりしましたのよ。あとは……ライバル、かもしれませんわね」
    「御大と?」
     ユートがのんびりと口を開けば、アデルはええと頷いた。
    「私もウィルほどではありませんけれど、エンジニアとして働かせていただいておりますの。少しでもアレク様の役に立ちたくて。……だから、ライバルですわ。あの子がエンジニアを志したきっかけも、アレク様が機械音痴だからですもの。……さ、着きましたわ」
     アデルの言葉に顔を上げれば、目の前には立派な扉がある。アデルが扉の横のパネルに触れると、やはりほとんど音も立てずに扉が開いた。
     広い食堂で、クレムが楽しそうに食器を並べている。扉が開いたことに気付いたクレムは顔を上げ、にっこりと笑う。
    「皆さんを連れてきてくれてありがとう、アデル。皆さんも、お誘いを受けて下さってありがとうございます。嬉しいわ」
    「こ、こちらこそお招きいただきまして!」
    「ありがとうございます〜」
    「む〜」
     クレムは楽しそうに笑うと、一同をテーブルへと促した。
    「たいしたものではないのだけれど……」
     そう言って恥ずかしげに笑う。ソフィア達はテーブルの上に並べられた料理に視線を落とした。サーモンの入ったシチューに、ほうれん草としめじとベーコンのキッシュ、ローストビーフにポテトサラダなどが並んでいる。
     鼻腔をくすぐる香りに、リュカは今更ながらに空腹感を覚えた。
     確かに、王宮で出される料理としては質素なのだろう。だが、高級な食材が使われたフルコースを緊張して食べるよりも、こちらの方が格段にいい。
    「え〜? いいんじゃん? 超うまそう」
     ユートの飾らない言葉に、クレムは安堵したように笑った。
    「もうちょっと待って下さいね。陛下とアレクとウィルが今、来ますから」
     クレムの言葉に、ソフィア達は硬直した。クレムがあげた名前の中に、物凄い役職の方がいたような気がする。
    「え? ……クレメンテ様……今、何て?」
    「? 陛下、ですよ?」
     当然でしょ、と言わんばかりのクレムの表情にソフィアが再び硬直したのと。
    「私を呼んだかな? クレム」
     何故か鍋を抱えて中年の男性が声をかけてきたのは、同時だった。ソフィア達が入ってきた扉からではなく、奥に見える通路からやって来たのだろう。別段、気配を消していたわけではないだろうが、立派な絨毯のおかげで足音が全くしなかった。そのせいで、突如その場に現れたような登場の仕方だった。
     クレムは平然とした様子で振り返り、笑った。
    「まあ、陛下。わざわざ持ってきて下さったのね……!」
    「ああ。これは私の大好物だしね」
     そう言って微笑む男性は、ウィルやアレクと同じ銀色の髪の中年男性だ。陛下と呼ばれたからにはこの国の国王であるはずなのだが、鍋を抱えたその姿に威厳など欠片もあるはずがない。
    「……あの鍋……何なのだろうか」
     ティアの言葉に答えたのは、なじみのある低い声だった。
    「……ぶり大根だろ、たぶん」
    「うわ、ウィル!? いつの間にっ」
     陛下の出現に気を取られ、ウィルがやって来たことに気付かなかったリュカが思わずあげた声に、クレムと王がこちらを見た。リュカが慌てて口を閉ざすと同時に、ウィルは息を吐いた。
    「ああ、ウィル。お帰り」
     にっこりと鍋を抱えたまま言う父に、ウィルはとりあえず頭を下げる。
    「帰還の挨拶が遅れて申し訳ありません、父上。ただいま戻りました。……鍋を置いたらどうですか」
    「あ、そうだね。なくなったら困ると思って」
    「なくなりません。誰も取りません。鍋置いて、いいからとりあえず座って下さい。……友人が困っているようですので」
    「あ、そうだね。ごめん」
     そう言って、王は鍋をテーブルの真ん中に置くと、席に着いた。
    「紹介が遅れたね。私はリチャード。アレクとウィルの父です。よろしくね」
     ウィルとアレクの父だと言う前に、もっと言うべきアイデンティティがあるんじゃないかと、リュカは思った。
     ただひとつ分かったのは、ウィルのツッコミレベルが高い理由は、家庭環境にあるのだろうということくらいだ。
     現に、丁寧な口調は崩さないものの、ウィルは突っ込みまくっている。日常茶飯事なのだろう、多分。
    「遅くなりました〜。……ああ、やっぱり皆揃っちゃってる……」
    「遅いですわ、アレク様。皆様お待ちしておりましたのよ。さあ、お掛け下さいませ」
    「うん」
     それを見ていたティアがぽつりと呟く。
    「……濃いな」
    「うん。……そうだね」
    「……なんでこのラインナップでぶり大根……」
    「……それも、気になるね……」
     既に相当濃い時間を過ごしたような気分だが、晩餐会はまだ始まってすらいないのだ。
     別に不快なわけではなく、親しみすら感じるけれど。それにしても長い晩餐会になりそうだな、とリュカは苦笑を零した。 

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