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    蒼穹の狭間で  蒼穹の狭間で(6)

    「三種の神器よ……」
     その言葉とほぼ同時に、勾玉が仄かな温もりを帯びる。
    「あるべき場所にて、その輝きを取り戻せ」
     雅の手の中の勾玉が淡く輝きだす。それに呼応するように、慧の持つ剣がうっすらと光を帯びる。そして、息を呑んで春蘭が懐から取り出した鏡も、また。
    「……この光は!?」
    「よそ見してる余裕、あるのか!?」
     驚きを隠せない陰羅に、慧が切りかかる。慧の上段からの一撃を、陰羅は黒い剣で受けた。鈍い金属音が薄暗い広間に響く。
    「我が力を守り引き出す守り石、闇をも切り裂く閃光の刃、真実を映し魔をも反射する鏡よ。……我が声に応じ、その光ここに示せ!」
     雅の朗々とした詠唱に反応して、三種の神器が明滅を繰り返す。その光はどんどんと明るさを増していく。
    「くっ……!」
     三種の神器がこのような反応を示すのは初めてのことなのだろう。この戦いの中で初めて、陰羅に焦りの色が見えた。その隙を慧は見逃さない。鋭い剣戟を繰り出していく。
     ふと慧が剣に込めた力を緩め、そのまま後ろに跳び退る。その反動で陰羅が体勢を崩した、その瞬間。
    「――……雷神!!」
     春蘭の神力が発動した。白い雷が陰羅に降り注ぐ。それを縫うように、慧が再び陰羅に接近した。
    「……闇は、光より生まれ、光に還る」
     雅のその言葉に三種の神器が強く輝き、その光が雅の元へと集まってくる。
     この場所に三種の神器が揃うことで、神器としての力を取り戻す。そうして力を取り戻した勾玉は、雅の中に眠る力を限界まで引き出すのだ。
     自分の中の力がぐんと抜けていくのが分かって、雅は両足に力を込めた。気を抜けば、力が霧散してしまいそうだ。
    「光鈴! その詠唱をやめろ!!」
     陰羅が叫ぶと同時に、魔力が爆発した。剣を合わせていた慧がその場から吹き飛ばされるほどの力だ。そして、詠唱もなしに黒い炎が雅へと放たれる。
     それは目に入っていたが、雅は避けようとはしなかった。
     余計な動きをすれば、集中が乱れる。そうすれば、今唱えているこの魔法が失敗してしまうだろう。どうすることも出来ない。
    「――っ雅っ!!」
     身を起こした慧が叫ぶ。同時に、春蘭が動いた。雅を庇うように雅の前に立ち塞がると、春蘭は八咫鏡を正面に構えて朗々と声を張った。
    「我、御身に請い願う! 御身に宿りし力、ここに示したまえ! 彼の邪悪なる力を跳ね返したまえっ!!」
     春蘭の詠唱に反応して、八咫鏡が強い光を放つ。黒い炎がその光に跳ね返され、魔法の使用者である陰羅に襲いかかった。
    「ぐああああっ!?」
     自分の放った魔法が自分に跳ね返ってくるなど予想もしていなかったのだろう。陰羅が苦悶の声を上げる。
    「闇を司る者よ! 我が光を受け、虚空へと還れ!!」
     雅の唱えていた呪文がが完成した。雅から放たれた光が奔流となって陰羅の身体に突き刺さる。陰羅の悲鳴に、雅は思わず眉をしかめた。
     覚悟をしていたにしても、辛いものは辛い。それでも雅は視線を逸らさなかった。その視界の隅で、何かが動いたような気がした。
    「――陰羅!」
     広間に慧の声が響いたかと思うと、慧が剣を携えて光の中に飛び込む。
    「慧!?」
     焦った雅の集中が一瞬途切れたことで、光が弱まった。その間にも慧が陰羅に接近する。攻撃が弱まったことで、慧の近づく気配に気づいたらしい陰羅が振り返った、その瞬間。
     慧の剣が、陰羅の胴を薙いでいた。
    「煌、輝……!」
     陰羅が悔しそうに顔を歪ませると、その身体から力が抜けた。そうして床に倒れかかった陰羅を、弱まりかけた光が飲み込み、白く輝く。そして光の晴れた後には、陰羅の姿は消えていた。
    「……倒、した?」
     あまりにあっさりとした幕切れに、雅は信じられないかのように小さく呟いた。春蘭が手の中の鏡を覗き込んでから頷いた。
    「はい。……気配は全く感じられません。倒せたんです」
     陰羅の慢心と未知の力への恐怖が、戦いをあっさりとしたものにしたのだろう。けれど、その最期の呆気なさに雅は数度瞬いた。
    「……どっちが?」
     雅が小さく首を傾げて慧を見る。慧は剣を消すと、苦笑した。
    「……分からないな。手応えはあったけど。……ちゃんと俺が倒したかったんだけどな」
    「……無茶するよね、慧は」
     雅も小さく苦笑する。光が陰羅を呑みこむ瞬間。陰羅が生きていたのかどうかは、誰にも分からない。雅が倒したのか、慧が倒したのか。
     慧の暴挙は、やはり雅に手を汚させたくはないと思ったが故なのだろう。結果は曖昧なものになってしまったけれど。
    「雅ほどじゃないと思うけどな」
     そう言いながら、慧が近づいてくる。そうして雅の頭に手を乗せると、慧は穏やかに笑った。
    「うん。生きてるな。……良かった」
     慧のその言葉に。ようやく雅の中に伝説を覆したのだという実感が湧き出てきた。
    「本当に。……雅ちゃんがご無事で、嬉しいです」
     雅の手を取って、春蘭も柔らかな微笑を浮かべる。
     その笑顔に、自分が生きていること。そして、慧と春蘭も無事であることを感じた。今は、それが嬉しい。雅は微笑んだ。
    「……うん!」
     その時だ。薄暗い広間に小さな羽音が響いたのは。

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